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第1話・④
結論から言うと、田辺は翌日に店へと顔を出した。
昨日の謝罪だ。と、休憩中にでも買ったのか菓子折りをもって1人で店にやってきたのだ。
菓子折りを持った作業着姿のガタイが良く顔の整った好青年。田辺の姿に時たまたま店へと初めて来ていた友人同士だと言う女性客達が頬を染めて、小さく黄色い声を上げてる事に赤羽根は気付く。
「そんな、気を使わなくて良いのに…… 何か、食べていく?」
空いている席へと座った田辺からカウンター越しに赤羽根は菓子折りを受け取る。
古くからある和菓子屋の店名が書かれた包装紙に、明日のおやつにでもしようかと考えながらカウンター下にある常温室へと入れた。
席に座っている田辺へおしぼりを出したとき。赤羽根の目に赤いものが映った。
その赤いものが、一本の赤いバラの花であると気付くと同時に少しかすれ気味だが聞き取りやすい低い田辺の声が鼓膜を震わせる。
「す、好きです! 俺と、付き合ってください!!」
顔を真っ赤に染め上げて一本のバラを差し出している田辺を唖然とした表情で見つめた。
一本の赤いバラの花言葉は確か…… と。頭の中で考えているうちに、店内には黄色い悲鳴と驚きの声が上がった。
一本の赤いバラの花言葉はそうだ。『一目惚れ』『あなたしかいない』だったけな。と思い出したと同時に、破裂音が響いた。
赤羽根の右掌が田辺の左頬へと思いきり叩きつけられていた。
「お、おとといきやがれっ!!!!」
そう叫んだ赤羽根は平手打ちだけでは気が済まない。と言うように接客の合間に飲んでいたグラスに入っていた水を田辺へとぶちまけた。
水で濡れた田辺は茫然とし。赤羽根の対応に対してか客達はざわめき始める。
「ざ、残念だったなぁー兄ちゃん。さっちゃんは、難しいぞー?」
「黙れっ! 酔っ払い!!」
濡れた田辺におしぼりを渡す年配の常連客に赤羽根は暴言を吐き、田辺を睨みつけた。
視界の端に居る女性客達はひそひそと小声で話していた。くそっ!大切な新規客を逃した!と内心で舌を打った。
「へ、へぇ……『さっちゃん』さん、って言うんですね。俺は、田辺蒼って言います」
呆然としていた田辺は赤く手形の付いた左頬を撫でると満面の笑顔を赤羽根へと向けて席を立ち、おしぼりを渡してくれた年配の常連客へと会釈した。
「おじいさん、ありがとうございます。でも、ほら。言うじゃないですか?」
難しいものほど、落としがいがあるって……
赤羽根を見下ろしたまま放たれた田辺の言葉。
彼が本気であることは、自身に向けられる瞳が物語っている。熱愛に満ちてはいるが、その奥に見え隠れする綺麗なだけではない欲望。
『また来ます』と。背を向けて店を出て行った田辺の背を見送りながら、未だ忘れることが出来ない今は亡き相手への想いを確かめるかのように。赤羽根は左手の薬指に嵌めてある指輪を静かに撫でた。
その翌日からである。
田辺蒼が赤羽根幸助への情愛を抱いた瞳をして足しげく通うようになったのは……
【第一話・完】
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