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第1話

『――――オメガ種、男性、宮城(みやぎ)ナオ。メディカルチェックが完了しました。深呼吸をしてから、落ち着いて物理現実にて意識を回復してください』  中性的な機械音声。  政府の国民生活管理システム、「ジュピター」の声だ。この国の人間なら皆が知っていて、ある意味誰よりも聞き慣れている声だと言っていい。  ナオは言われたとおり深呼吸を一つして、それからゆっくりと瞼を開いた。  明るく開放的な南国のコテージの一室。  大きな窓の外からは、砂浜に打ち寄せる波音が聞こえる。ベッドの上で体を起こし、外を眺めると、空の青と海の青、そして真っ白な砂浜が目に入ってきた。  この部屋は実際にはナオのために作られた検査処置室で、風景と音はすべて精巧に作られたインテリアホログラムだ。本物の「物理現実」とはほど遠いのだが、検査が終わって意識を取り戻したことに、ホッと安堵のため息が出た。  壁に掛けられた大きな鏡を覗くと、検査着を着たナオの姿が映っている。  しっとりと柔らかい肌に、艶やかな黒髪。大きな漆黒の瞳は濡れたように輝き、ぽってりとした口唇は美しい薔薇色をしている。  小柄で華奢な体も含め、ナオの容姿には東洋系のオメガの特徴が色濃くにじみ出ており、幼い頃はお人形さんのようだと言われることもあった。  心地いい気分で潮騒の音を聞いていると、部屋の入り口から優しい声が届いた。 「お疲れ様、ナオ。気分はどうかな?」 「とてもいいです、青葉(あおば)先生」 「それは何よりだ。数値のほうも良好だったよ」  隣室で計器をモニターしていた白衣姿の医師、青葉恒彦(つねひこ)がそう言って、こちらへやってきてベッドの縁に腰かける。  いくらか癖のある黒髪に、形のいい額。男らしい眉とそれを和らげる目尻の下がった目。低く艶のある声を発する肉厚な口唇。  こちらを見つめる青葉の端整な顔は、いつものように穏やかだ。思慮深く落ち着いた物腰と、長身で肩の広い立派な体躯は、ナオにいつでも安心感を与えてくれる。  目尻に優しげな笑みを浮かべて、青葉が言う。 「オメガ髄液活性も至って正常、発情フェロモン指数の維持も完璧だ。私が海外出張に行っている間も、ちゃんと薬をのめていたようだね。きみは本当にいい子だ」 「そんなことは……。先生が用意してくださったものを、順にのんでいただけですから」 「服薬がきちんとできるというのは、それだけで褒められるべきことなのだよ、ナオ。大人でもよくのみ忘れるものだ。アルファやベータの人間も例外なくね」  青葉が困ったふうに首を横に振って、それからこちらを見つめて告げる。 「ご褒美に、きみの好きなチョコレートケーキを焼いてあげようかな?」 「わぁ、本当ですか!」 「ああ、本当だとも。でもその前に『触診』をしなくてはね。このままここでするから、着ているものを脱いでごらん」 「あ……、は、はい、先生」  さらりと裸になるよう促され、慌てて返事をする。

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