3 / 68
●暖かくなってきたので。
知玄が自室を出た時、ちょうど兄が階段を上がってくるところだった。兄はパンツ一丁姿で、短く刈り込んだ金髪頭をバスタオルでごしごし拭きながらやってきた。気候が暖かくなれば、井田 家の男達はいつもこんな感じ。知玄 だってそうだし、父なんかは素っ裸で堂々と歩き回るではないか。
いつものことなのに思わず頬が熱くなってしまったのは、つい先日「あんなこと」があったせいなのか。
「お兄さん」
「何」
兄の不機嫌さマックスの声色に、うっ! と怯んでしまう。ほとんど条件反射。なのに、つい一言言いたくなってしまうのは、やはり「あんなこと」のせいか。
「また、そんな格好で歩いて」
「は? いつものことだろ」
「うー、そうですけど」
この家の造りはごく普通の民家とはだいぶ違っていて、プレハブ二階建ての二階が居住スペースで、一階には、家業の事務所と従業員休憩所として使われている広い土間があって、トイレと風呂場はその土間の脇にある。風呂に繋がる通路は土間から丸見え。ということは、風呂から裸のまま出てきたタイミングで、不意に客が訪ねて来た場合、恥ずかしい格好で鉢合わせることになる。
「お隣さんが回覧板をまわしに来たり、宅急便屋さんが来たら、どうするんですか」
知玄の苦言に、兄はフンッと鼻を鳴らした。
「回覧板は朝には来るし、宅急便ならいつも事務所の方に行くだろ」
「うー」
「うちが他所ん家よりも早いのは、近所中知ってることだ」
「そうですけど、でもぉ」
「でも、なんだよ」
兄が知玄を見上げる。兄は小柄だが、最近また日焼けをしてきて精悍さを増したシャープな美貌は、威圧感が半端ない。おろおろと視線を外したら、兄の、仕事柄鍛え上げられてよく引き締まった身体つきが目に入ってしまった。男らしく逞しいが、普段衣服にかくされている部分の肌は雪のように真っ白だ。
「……目のやり場に困ります」
兄はポカンと口を開けた。その表情は先日の「あんなこと」の直前の顔とそっくりそのままだ。あの時、ベッドに忍び寄る知玄に、寝起きの兄は気づかず、携帯の画面を物憂げにじっと見ていた。携帯を折り畳み、ようやく知玄の存在に気付いたときの、あの表情と同じ……これこそまさに、目のやり場ぁ!
「あ、悪い」
兄は頭からかぶっていたタオルをすとんと肩に下ろし、そそくさと自分の部屋に入ってしまった。シャンプーの香りと共に、ほわほわと鼻腔を擽る兄の体臭が残された。
ともだちにシェアしよう!