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◯たぶんそれが普通。

 煙草でも吸いながらやろうかなと思ったけど止めた。ライターを点火した瞬間、粉塵爆発が起きたりして。と思うくらい、物置きの中は埃だらけだ。 「俺の中学高校の教科書って、まだ残ってる?」  ってお袋に聞いたら、 「うーん、捨てた覚えないな。あるとしたら、物置き?」  と言うのでここに来た。広い物置きの中は、やべぇくらいごちゃごちゃだ。 「うっかり“あの時期”の前にこれ見てたら、大変だったよな」  あの時期……“発情期”の直前なんかにこの散らかりようを見てしまったら、めちゃめちゃ片付けがしたくなってしまう。Ωの巣作り(ネスティング)の症状の一つだ。その時だけ、やたら綺麗好きになる。Ωによっては窃盗症になるヤツもいるらしく、片付け魔タイプの俺は、まだ恵まれている方かもしれない。 「とにかく、さっさと取りかかろ」  昼休み中には終わらせないと。親父や知玄(とものり)に見付かれば、何してるのか説明するのが面倒臭い。  室内は雑然としているが、物の場所は何となーく、種類別に纏まっているっぽい。もう使っていない学チャリの向こう側に、紙類が積み上がっているのが見える。チャリを脇に避けて、紙束を一つ一つ下ろしていく。埃がもうもうと舞い上がり、咳とくしゃみが出た。  探し物は案外すぐに見つかった。高校の教科書が、全部まとめて紐で括られている。紐を解いて、一番上にあった国語の教科書を手に取ってみた。古いのに新品同様に手垢が着いていないのは、俺のだってことだ。だいたい、国語が一つの教科にまとまっていること自体が、馬鹿学校(俺の母校)のテキストである証明なのだが。  束の中から、保健体育と生物の教科書と図版を見つけ出してパラパラめくる。あった。「第三の性について。」保健でも生物でも教科書にほんの一行くらいしか書かれていないが、やっぱり習うっちゃ習うんだよな。たった一行のことだし、太線で強調されてもいないから、テストにも出ないんだろう。こんな記述は、当事者でもなければ、スルーしちゃうかもしれない。  生物の図版だと少し詳しい。第三の性にはα、β、Ωがあって、ほとんどの人間がβ。αは人口の約0.1%、Ωは約0.02%とある。2万4千人がΩってことだよな。内、男Ωは1万2千人。それを単純に都道府県の数47で割ると、一県につき255人の男Ωがいるはず。各市町村ごとに1人未満か。日常生活で遭遇することは、ほぼ無いかもしれん。  ふと、教科書の間に新書が一冊まぎれ込んでいるのに気づいた。『知られざる第三の性――Ωとα――』こんな所にあったのか。どうりで、俺の部屋のどこにも見付からなかったわけだ。  知玄のヤツにこれを読めって言うかな。でも押し付けがましいか、なんて思いながら新書をめくっていたらつい熟読してしまい、気付けば親父が外で「アキはどこ行った!?」とキレていた。

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