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●母の整理整頓癖はいつも唐突。

 茶の間のテーブルいっぱいに広げた写真と格闘していると、兄が一階(した)から上がって来た。 「お帰りなさーい」 「おう、ただいま」  そんな返事が返って来るようになったのは何気に凄いことなんじゃないかと思って、知玄はにかっと笑った。兄は笑い返してはくれないが、知玄の斜め前の指定席に腰を下ろした。 「それ、どうしたの」 「お母さんです」 「あー」  これで意思疎通が出来てしまう。アルバムの整理は母が始めたのだが、夕飯の支度を思い出した母は、やり残しを知玄に押し付けた。台所から香ばしい醤油の匂いがする。豚の角煮を危うく焦がすところだったらしい。  母は別にマメな方ではないが、たまにこうして唐突に何かの整理整頓をし始める。そして最後までやりきれずに、知玄や兄の手を借りることになる。兄にも似たようなところがあって、休日を部屋掃除で潰そうとしている兄の姿を見るにつけ、知玄は「親子だなぁ」と思うのだ。  写真の日付を一枚一枚確認しながら、写真屋が現像のオマケにくれる薄いアルバムに挿していく。時々、今挿したのよりもずっと前の日付のものが後から出てきて、挿し直しになる。 「順番に並べ代えてから挿せばいいじゃん。要領悪いなぁ」  兄は手伝いもせずに、煙草を吹かしながら器用に口を動かす。 「そういうとこ、母さんにそっくり」  整理し終わった分の一冊を兄は開いて眺めだした。七五三の時のものだ。兄も知玄も黒い羽織袴を着て写っている。年子兄弟だからと、同時に祝われたのだ。さっきも見た写真だが、知玄も手を止めて兄の手元を覗き込んだ。 「お兄さん、この頃にはもう完成してますね」  まだ五歳とは思えない貫禄だ。 「目ぇ細いせいだろ。お前は何着ても女の子に間違えられたよな」  目がくりくりに丸いせいだ。あまりにも「女の子?」と聞かれ過ぎたせいで、この頃の知玄の頭はツルツルの坊主に丸められているが、それでも性別を間違われる始末だった。隣に立つ兄は今と同じ、母の手によるスポーツ刈りで、知玄にはそれがかっこよく見えて羨ましかった覚えがある。 「今じゃ誰がどう見たって、野郎にしか見えないのにな。そうだ、親戚が間違ってくれたビキニ着せられてる写真あったよな」 「それならこの中でしょう」  もっと小さかった頃に、本家の庭でプール遊びをした時の写真を見て、兄が笑う。そんな兄を前に、知玄は素知らぬふりで「掘り出し物」の一枚をテーブルの下に隠している。兄に見付かれば絶対に消されるやつだ。それは兄の高校の卒業式の写真で、逆光の中、詰襟の胸に赤い薔薇を着けた兄が、肩まである長い髪をなびかせて颯爽と歩いているところを撮った、奇跡の一枚だった。  

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