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◯弟がα。

 今夜は家にいようと思っていたから、親父が飲みに出ると言い出したのはラッキーだ。お袋は今夜も俺か親父のどちらかあるいは両方ともいないと思って、三人分しかおかずを作らなかったんだ。  ところが、夕飯のおかずが角煮と知った親父は勝手に一人ぶんをタッパーに入れて持っていってしまった。それで二人前を三人で分ける、シケた夕飯になった。  白飯ばかり掻き込んでいると、 「お兄さん、はい、あーん」  知玄が角煮の切れ端を摘まんだ箸を、俺の目の前に突き出した。 「お兄さん、脂身のとこ好きでしょ」  うん、まあ。だからってなんだ……こんなこと。 「あーん」  仕方なしに脂身の切れっ端に食い付くと、知玄はうっとりとした表情で俺を見る。なんなんだ一体。αだからなのかな、と一瞬思って、いいや、気のせいだろと思い直す。  食い終わった後、自分の部屋に隠った。念のために内鍵を確認。よし、ちゃんとかかっている。この頃、鍵を掛けるのを忘れがちだ。もしかして俺は無意識下で(つがい)知玄(とものり)に忍び込んで来て貰いたいと思っているんじゃないか? と自分で自分を疑ってしまう。  問診票を記入しなければ。明日の、年に一度のΩのための健康診断に提出する問診票だ。こんなのを書いているのを知玄に見られたら、厄介だ。Ωって何? 番って何? とあれこれ聞かれるのも、そうとは知らずに無理矢理番の契りを結んでしまった責任を感じられるのも、真っ平御免。  俺は知玄の無知に乗じて、知玄と番になったことを「なかったこと」にしている。そうしたところで、知玄の方にはさしたる不都合はないはずだ。αはΩと違って「ただの番」に縛られることはない。俺の寝込みを襲ってしまったことなど、知玄にはただの一時の気の迷い。そういうことでいい。  俺の方はといえば、番を得たことで生じた心配の数々以上に、もう二度と所構わず発情(ヒート)を起こすことはないという大きなメリットを得たので、まあ良しとする。  問診票は毎年同じ書式なので、上から順にすらすらと項目を埋めていくが、ふと筆が止まった。 『これまでの性交経験の人数 男性; 人 女性; 人』  初めて、『男性; 人』の所に「1」と記入した。今回こそは嘘を吐けない。寝込みを襲われたせいで避妊が出来ず、医者を頼ったからだ。  あーあ。でもこんなの早い者勝ちってヤツだろって思う。俺は、正真正銘大人になるまで待ったんだ。そしたら不可抗力で、知玄がかっ(さら)っていった。そういうこと。  記入し終わった問診票を封筒に戻して、ベッドに潜り込む。健診の前日は禁欲必須なので、さっさと寝てしまうに限る。  うとうとしていたら、控え目なノックが聴こえた。 「お兄さん、ねぇ、お兄さん」  ガチャガチャとドアノブが鳴る。なんだよ。  狸寝入りしているうちに、俺は本当に眠ってしまった。

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