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●兄弟水入らずの内緒話。

「悪い。そんなつもりじゃなかったんだけど……」 「ふえぇ!?」  思わず変な声が出た。こんな素直に謝られるとは思わなかったのだ。というより、避けられても仕方のないことをやっておきながら、兄に謝らせるとは、なにごとか。ヤバい、また失言をしてしまった……と気づくのは、いつだって言ってしまった後だ。  きょとんとしていた兄だったが、知玄の反応に兄の眉間には縦縞が刻まれ、みるみるうちに目が据わり、いつもの鋭い眼光を宿した。 「何だよ」 「な、何でもありません」  ぴちょん、と、兄と知玄との間に雫が落ちた。今更ながら、近いなと思う。極限まで脚を縮こめて、それでも爪先が兄の爪先に当たるほどだ。親指の爪が長すぎることが気になりだす。迂闊に兄の爪先に当ててしまったら、怪我をさせてしまいそうだ。 「ノリ」  不意に呼ばれて、知玄は目を上げた。 「はい」 「お前さ、最近は付き合ってる女子、いねぇの?」 「いませんけど……急に、何を?」 「お前が言ったんだろ、兄弟水入らずで内緒話をしようって」 「あぁ、そういうことですか……」  兄はじっと知玄を見据えている。どうも恋バナをするというテンションではない。もっと何か深刻なものがあるように見える。  言い出しっぺは確かに知玄の方だが、知玄としてはただ、兄に避けられるのが嫌で、これ以上無視されないように再度謝ろうと思っただけで、他意はない。 「あは、大学入ってからすっかりモテないんですよ。高校の頃はほら、他校の女子と合コンとかで出会いがありましたけど。今はなんか、毎日講義で顔を合わせる相手なんて、珍しさがなくて、つまんないんですかねぇ。女子は皆、同期の男には興味がなさそうです」 「要は、相手がいないだけってことか」  兄はいやに真剣な表情を崩さずに言う。 「えぇ、まぁ」 「適当な相手がいれば、付き合うんだな」 「そうかもしれません」  ふわり、と、この上なくそそる匂いが鼻先を掠める。夕焼け色の桜の匂い、兄の匂いだ。喉がゴクリと鳴った。  あの夕暮れの出来事を思い出してしまう。兄を自分の身体の下に閉じ込め、抑えつけた。押し殺された息遣いを耳もとに聴いて、誰にも取られたくないと思った。お兄さんは僕だけのものだ! その証明に首筋に深く歯を立てて印を刻んだ。びくっと兄の身体が痙攣し、きゅう、と微かな悲鳴が聴こえた。その時から知玄には兄だけだった。 「しんどくはないのか」 「えぇ、まぁ」 「そうか」  兄は表情を緩めた。 「ならいいけど、どうしようもなくなったら、何とかしてやってもいいけど」 「それってどういう意味ですか?」 「良さげな女の子を紹介してやるよって話」  湯槽から上がる兄の為に、知玄は少し後ろに避けた。女子よりお兄さんの方がいいなんて言ったら、いよいよ口をきいて貰えなくなりそうで、知玄は何も言えなかった。

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