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○夕立
ミキサー車を洗い終えるのとほぼ同時に、雨が降ってきた。ギリギリアウト、事務所までのたった数メートルで、ずぶ濡れになった。
事務所から薄暗い休憩室に出たら丁度、弟が引き戸を開けて駆け込んで来た。俺以上の濡れ鼠っぷりだ。猫っ毛の天パはすっかり濡れてぺしゃんこになり肌に貼り付いているし、Tシャツは半ば透けている。
「なんだ、今日はチャリで学校行ってたのか?」
引き戸が閉まると、ザブザブと降る雨音が小さくくぐもった音になる。
「いえ、車です。車を降りて走っただけで、このざまですよ」
「おぉ」
窓から外を見れば、バケツをひっくり返したかのようだ。敷地の真ん中に建つプラントの影すら、雨にけぶってよく見えない。事務所の扉が開き、逆光の中にお袋が現れた。
「お帰りなさい」
「ただいま戻りました」
「あらー、ノリちゃんもずぶ濡れじゃない。二人とも、お風呂に入っちゃいなさい。もうお湯沸いてるから」
「“二人とも”って」
知玄と声がきれいにハモッた。知玄は濡れた前髪をかき上げた。広い額が露になり、通った鼻筋が事務所からの光に照らされる。ガキの頃は女子みたいな顔をしていたのに、今となってはすっかり野郎の顔だ。髪を後ろに撫で付けると、途端に野蛮さが際立つ。
「着替え、持って来てあげるね」
お袋は軽い足取りで靴脱ぎ場にサンダルを脱ぎ捨て、階段を駆け上がっていく。取り残された俺達は、顔を見合わせた。
「一緒に入れってことですかね」
「いや、俺らもう餓鬼じゃねぇし」
何考えてんだかな、お袋のヤツ。いや、何も考えてないからそんなこと言うのか。ところが、
「いいんじゃないですか、たまには」
「は?」
「兄弟水入らずで、内緒の話でもしましょう」
水入らずって。
「水に入ってんだろうが」
「これはお湯です」
いや、そうじゃなくて。そうだけど……。
洗面器に汲んだ湯を頭から被り、すっかり泡を流してから、知玄は湯船に入ってきた。野郎のきたねぇケツなんか見たくねぇから、俺は顔をそむける。
「脚、のばさないなんですか?」
そういう知玄は、極限まできつく膝を畳んで体育座りしている。
「のばせねえだろ」
湯槽 は深いが正方形に近い形で狭く、複数人で入るには向かない。
「僕の脇に脚を通せばいけますよ」
「断る」
湯がぬるい。気分よく温まらないうえ、この姿勢は上がりづらい。知玄がくっくと笑った。
「やっぱり」
「何が?」
「お兄さん、顔が赤くなると良い匂いがするんです」
「なっ……」
知玄は大きな目を三日月形に細めていたが、ふと真顔になった。
「ごめんなさい」
そして、俺の首筋の痣に指でちょんと触れた。
「悪かったです。でも毎日、お兄さんに避けられるのは、僕、悲しいです」
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