母が一階で何やら騒いでいるので、知玄は二階から、兄は外からやって来たのだが、大したことではなかった。 「アキちゃんノリちゃん、カエルッ！　カエルがいるんだけど！」 　母が握り締めた風呂洗い用のスポンジから、水に溶けた泡が滴る。 「それくらい自分で捕れよ」 　兄は咥え煙草の先を揺らしながら言った。 「えぇ～無理ぃ。アキちゃんが捕ってよ」 「煙草銭ちょうだい」 「調子にのらない。大体、アキちゃんのせいでしょ、うちがカエルだらけなのは」 「違うだろ。常時玄関が開けっ放しのせい」 　と言いながらも、兄は母について靴脱ぎ場を上がった。知玄もあとに着いていく。風呂場に入ってみれば確かに、窓のサッシのところにアマガエルが一匹、手足を畳んだ状態でじっとしていた。 「お前が捕ってもいいよ」 　などと兄が言うので、知玄は「嫌ですよ」と首を横にぶんぶん振った。子供の頃は平気で捕まえていたそれが、大人になるにつれ苦手なものになっていく。 「まったく、情けねぇな二人とも」 　の「も」でもう兄はカエルを摘まんでいた。丸くなっていたカエルは頭と首の境い目辺りの両サイドから挟まれ、両手両足をパッと開いた。それを兄は掌の中に閉じ込めてしまう。 「見せて見せて」 　母は知玄を横に押しやって兄の前に立つ。怖いもの見たさなのか何なのか。 「ほれ」 　指の隙間からカエルがひょっこり顔を出す。可愛い！　と嬌声を上げた母だが、カエルが前足を出して身を乗り出そうとすると、悲鳴を上げて知玄の背に隠れた。 「お母さんは、カエルが好きなんですか、嫌いなんですか」 「可愛いけど触るのは無理。テレビで見るなら全然いい」 　わがままなことを言うので笑ってしまう。一方兄はといえば、カエルを手の中に閉じ込めたまま、しみじみと言う。 「活きがいいなぁ」 　母はあんなに怯えていた癖に、兄の指の隙間を覗く。 「あんた達が色々捕まえてきたおかげで、一時は克服したと思ったんだけどな。お母さんも子供の頃は、カエルでもミミズでも掴めたんだよ。何で大人になると、ダメになっちゃうんだろ」 「俺には分からん。カエルはカエルだ」 　兄はさっさと風呂場を出て靴脱ぎ場に向かった。知玄も後を着いていく。 　階段の下、靴脱ぎ場の下駄箱の上には今は埃が積もっているだけだが、昔、そこにオタマジャクシを飼っていた。 　兄が田んぼからカエルの卵を拾って来た時のことを知玄はまだ覚えている。兄はイチゴのパックに砂と水を入れ、金魚の水槽から失敬してきた水草を植えて、生まれて来るオタマジャクシの住み処を拵えた。そんな器用な兄の背中が、知玄には大きく見えたものだ。 　外の雑草の生えたところに兄はカエルを放した。 「じゃあな」 　カエルはたちまち草葉の陰に消えた。 「さて、仕事に戻らねぇと」 　兄は立ち上がり、知玄を見て悪餓鬼のようにやりと笑う。