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◯茜ちゃん。その②

「こ、ここ通るんですか!?」 「うん、通る通る」 「ひぇぇぇ!!」  左折で入ったのは田んぼの間をひたすら続く、細長い農道だ。普通車同士がギリギリすれ違える程度に見えるが、俺の運転する四トンのミキサー車が通るのに十分な幅はある。  ボロいアスファルトの路面は真ん中が少し盛り上がった形だから、左側に少し寄せれば車体は助手席の方へ傾く。その度に茜は、横転するー! と悲鳴を上げた。  取材初日はただの住宅街の現場への配達とか、難易度の低い場所に行ければ良かったんだが、生憎これから向かう先は、山の中腹にある墓地だ。墓地に入る直前なんて片側が崖になっていてスリル満点だが、この子の心臓は持つんだろうか。 「へたな絶叫マシンより面白いだろ」 「面白いっていうか、まさかこんなに……えぇーっ、対向車きたー!」  チラッと見れば茜の顔は真っ青になっていて、もう降りたいとか言い出すんじゃないかと心配になる。あと、車酔いしちゃいましたぁ、とかなあ。配達は時間との戦いで、余分な休憩は取れねえし。  だがそんなのは杞憂だったみたいで、現場に着いた途端に茜はケロッとして、車を降りていいかと聞いてくる。 「待ってな。ギリギリまで寄せる」  目標の区画はちょうど墓地の一番南端で、目の前が広く空いてるから、現場の職人の誘導に従い、車をバックで着けた。  そしたら車を降りて荷下ろしをするが、これは別に知力も体力も要らない簡単なお仕事だ。車体後部に付いている、シュートっていう生コンを下に流すための(とい)の向きを調節して、レバーを操作すれば、生コンは自動でドラムから出てスクープを通り、シュートを流れ落ちてくる。それを職人さん達が一輪車(ネコ)で打設する場所まで運ぶ。全部下ろし終えたら洗車だ。ドラム内を洗い、スクープやシュートに生コンがこびりつかないよう、水で洗い落とす。  作業を可能な限り茜に教えて、実践させてみろっていうのが、親父命令だ。いっそ親父がでけぇ車で広ぇ現場に連れてってやればいいものを、俺に面倒見ろと茜を押し付けたのはきっと、茜にあれこれ教えるのが親父は面倒臭いんだろう。  ドラム内の洗浄は危なっかしいから俺がやった。シュート周りは茜にやらせるか、と、ミキサーガンを仕舞ってステップから地面に降りようとしたら、茜がこっちを見上げ、ガキみたいに目をキラキラさせていた。 「すっごーい、さすがはプロ!」  例のアラレちゃんみたいな表情で言う。  たかがこれしきのことで、そんなに喜ばれてもな。こんな仕事、誰でもできらぁ。だが、茜はシュートをブラシで擦ることすら、嬉々としてやる。  そんな茜を見ていてふと思ったが、そういや俺がこの仕事始めてからこっち、後輩が入ったことってねぇんだよな。正直、茜の世話を押し付けられた時はクソめんどいと思ったけど、こうやって新入りに仕事を教えるって、案外悪くねぇかもしれん。

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