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◯茜ちゃん。その⑥
昨夜、茶の間で泣いているのを見かけた時にはどうなることかと思ったが、
「おはようございます、知白 先輩!」
「おぅ、おはよ」
一夜明けてみれば、茜はいつもと変わらない様子で、元気一杯に俺の後をついて歩く。
俺の迂闊な「斜陽産業」発言のせいで、茜はこの仕事についてどころか、人生について思い悩んでしまった。
『私も自分の故郷に対して、似たような事思ってたの。こんな所に未来はないって。でもね、“そんな所”に私、弟を置いてきちゃったんだよね。知白さんに生コンなんて斜陽産業だよって言われて、初めて気付いた。きっと弟も、“こんな所”なんかって思いながら、でも、知白さんみたいに、地元で一生懸命生きてるんだ。ねぇ、知玄君、私って卑怯かな。自分の故郷を自分で馬鹿にしてる癖に、他人 がどんな思いで生きてるのかも知らず、外側から見て、カッコいい! ってはしゃいだりして』
俺は気付かなかったふりをして、部屋に戻ってさっさと寝た。
生コンの配達の後は、工場での二次製品の製造を教えてやった。二次製品っていうのは、生コンを型枠に流し込んで固めて作るもので、巨大な暗渠 から、民家の庭に置くブロックのような小さなものまで、様々な種類がある。うちで作ってるのは、U字溝やエクステリア製品みたいな、そんなにでかくないものばかりだ。
「うーん、何で? 皆、軽く叩いただけで外せてるのに」
茜は製品の型枠外しに悪戦苦闘中だ。
「力をかける方向かな。あとは慣れ」
手本を見せてやる。ハンマーで型枠を叩くと、型枠は弛み、製品から外れていく。
「すごーい。でも私がやると製品を壊しちゃいそう」
「壊れたって気にすることねぇよ。やらせてやれって言ったのは親父だから。失敗して欲しくなかったら、手を出させるなって話」
作業が一段落ついて工場から出ると、空は雲に覆われていた。クソ暑い場内との温度差で鳥肌が立つくらいだが、そんなに気温は低過ぎない。
「絶好のはつり日和だな」
「“はつり”って何ですか?」
「生コン車のタンクの内側にこびりついたコンクリの塊を、電動ハンマーで“はつる”……要は剥がすってこと。暑くても寒くてもしんどいから、今日みたいに気候の丁度いい日にやる」
生コン屋の仕事の中で一番大変な作業だが、そこまでただの取材人に経験させるとは。
「用意するのは、ヘルメットとゴーグルと防塵マスクと手袋。上着は俺のを貸す。その前に、休憩にしよう」
「了解です」
煙草に火を点けてふと顔を上げると、茜はまだ側にいて、俺のことをじっと見ていた。
「何?」
「昨夜、私と知玄君の話、聞いてましたよね?」
「すまん。あと俺、余計なこと言った。ごめんな」
「大丈夫です。それより私、誰にも話しませんから」
「うん?」
俺が首を傾げたら、茜まで首を傾げた。
「番 のことです。知玄君が言ってた」
番のこと!?
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