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●変なクリスマス。

 井田家のクリスマスは昔から、子供達のお楽しみではなく、母に感謝をする日だ。何故ならクリスマスは聖母がキリストを産んだ日だから。産まれてくる方より産む方が頑張るんだから当然でしょ! と母は言う。  それで、兄弟にとってクリスマスとは、母に手伝いを言いつけられこきつかわれる日だ。プレゼントは、勿論ない。 「お兄さん、掃除機使い終わってたら貸してください」  知玄(とものり)が兄の部屋を訪れると、室内はすっかり片付いていて、兄はベッドの上でゴロゴロしていた。 「おう、持って行きな」 「ありがとうございます」  掃除機を持ち上げようとした時、知玄はローテーブルの上に大きな円筒形の缶があるのを見つけた。 「お兄さん、これ」 「五百円玉貯金のやつ」 「五百円玉貯金のやつ!?」  そういえば、昔そんなものが流行ったなぁ、と、知玄は掃除機をそっちのけに、テーブルの前に正座した。 「お兄さんが五百円玉貯金とは。意外性抜群です」 「うん、途中で飽きて放置して、存在自体忘れてた」  兄は起き上がると、ベッドの縁に腰掛けた。そして貯金箱を手に取り、振ってみせる。じゃらじゃらと、思いの外入っているようだ。 「昔さ」 「はい」 「まだなぎさと付き合ってたときに、貯め始めたんだ。いざって時のために」 「いざって時のために?」 「ん、いざって時のために。あれだ、嫁とガキの一人や二人くらい、自分で養える男になりたかったんだな。したら貯め始めて三ヶ月くらいで別れちゃって、無意味になったけど」  兄はわははと笑う。土曜の夜に酒で発散して、吹っ切れたのかなんなのか。 「また貯金、再開しようかと思ってよ。俺の番に良いもん食わすだけの甲斐性は、欲しいしな」 「お兄さん……!」    翌日は知玄の誕生日。それもあって、井田家はクリスマスをスルーしてきたのだ。 「と言いながら、自分達はちゃっかりクリスマスディナーですからねぇ」 「やっと息子達が仕上がった、打ち上げみてぇなもんなんだろ、たぶん」  ローテーブルの向こうでそう言った兄の首には、知玄のプレゼントしたネックレスが輝いている。知玄は兄からのプレゼントを開けた。なんとネックレスだ。しかも、 「ぶ、ブルガリ……!」  知玄があげたプレゼントの値段の、数倍はするはずだ。兄に対して、真剣に選んだとはいえ、ショッピングモールで買った安物をあげてしまったことが、恥ずかしくなる。 「これ、高かったでしょ。まさかあの五百円玉貯金を崩したとか」 「いや。女の子とデートするって言ったらお袋が気前よくくれた、小遣いが原資」 「えーっ!」 「うそうそ。社会人三年目をナメんなよ。それより、乾杯しようぜ」  缶ビールを掲げ、缶の縁をコツンと当てる。 「ハッピーバースデー」 「ありがとうございます」  知玄はビールを一息に飲んだ。念願叶って兄と二人きりで呑む酒は、どんな高価な酒よりも、きっと美味い。

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