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●これが僕の甲斐性。

知玄(とものり)……、むっ」  兄は鬱陶しそうに点滴を揺らした。 「邪魔だなこれ。それになんか、厳重に貼り過ぎじゃね?」  挙げた腕は確かに、透明なテープで広い面積が覆われていて、手首も動かせなさそうなほどだ。子供みたいに点滴を揺らし続ける兄に、知玄はつい笑ってしまった。 「暴れて針をひっこ抜くタイプだと、思われたんじゃないですか?」 「失礼な」  頬を膨らませた兄の顔に血色が戻ってきたことに、ホッとする。病院に担ぎ込まれた時の兄は、今にも死んでしまいそうなほどに青白い顔をしていた。知玄はおろおろするばかりだった。両親がいなければ、どうすることも出来なかった。  知玄の叫びを聞いて両親が駆けつけた時、兄は母にすがりつき、何かを話した。母は兄を抱き留めて兄の囁き声を聞きくと、兄の頭をバシッと叩いた。 『馬鹿っ! どうして早く言わないのっ。どうりで最近、様子がおかしいと思った!』  そして母は父に向き直って言った。 『ごめん、お父さん。今まで黙ってたけど、この子はΩなの』  それで父には皆まで通じたらしい。父と母は物凄い連係プレーで必要な物をかき集め、病院に電話し、父の車の後部座席に防水シートとタオルを敷き詰め、兄を乗せた。知玄に出来ることと言ったら、兄の手を握るくらいだった。 「知玄」 「あ、はい。なんでしょう」 「おチビを取り返して来たんだろ。ありがとう。お前、すげーな」 「いいえ。僕に出来るといったら、これくらいしか。あと、家には連れて帰れないそうです」  知玄は抱えている金属容器に視線を落とした。冷たい容器の底に、赤ん坊は直に横たえられている。看護師に子を見せてくれと頼んだら、ほらよとばかりに、半ば投げるように容器を目の前に置かれた。赤ん坊が弾みで容器の中を転がるのが見えた。  これが僕の甲斐性か……。知玄はまた涙が出そうなのをぐっと堪えた。兄が枕元をトントンと指差す。そこに赤ん坊を寝かせて欲しいのだろう。  知玄は上着のポケットを探った。ハンカチか何かがあればと。金属容器の底に転がされた可哀想な姿は兄には見せられないし、赤ちゃんを裸ん坊のままにしてはおけない。赤ちゃんにはおくるみが必要だ。だが今日に限ってハンカチは忘れ、あったのはいつ入れたとも知れないクシャクシャなポケットティッシュだけ。引いたら粉が飛ぶような代物だが、無いよりはマシかと思い、知玄はシーツの上に敷いたティッシュの上に、兄と向き合うように赤ん坊を載せ、そして冷たい身体の上にも布団代わりにかけてやった。 「ちっさ」  兄は呟いた。 「なのにすげーな。父親が誰だか疑いようのない顔してる。知玄(おまえ)の寝顔そっくり」  指先で、兄はそっと赤ん坊の頭を撫でた。 「女の子だってさ。父親に似ると幸せになるって言うよな」  知玄が首肯くと、兄は目を閉じた。 「寝る。点滴終わったら起こして」  兄の瞼から溢れた涙が睫毛を伝い、目尻から頬を流れていく。

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