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●【最終回】ただいま!

 甲斐性のある男になりたい! と願って幾星霜。転職を繰り返すうちに、確かに収入は増えたけれど、益々兄が遠ざかっていく気がする知玄(とものり)だった。何か買ってあげるとか支援するとか申し出る度、兄の返事はつれない。  ところが! 珍しく兄が食いついてきた。 『お前、Switch持ってるってマジ!?』  暇潰しにしようと思って買ったはいいものの、開封もせずに積んでいた。言い値で買い取ると兄は言う。それなら今度帰国した時に必ず持って行きます勿論お金など要りません! と約束をしたが、世界的に大流行中の疫病により、途方もない足止めをくらう。しかも空港からの公共交通機関での移動を禁じられるとは。  だが幸運にも、丁度地元の友人が車で東京に来ており、帰りは同乗させてもらえることになった。  空港まで迎えに来てくれた茜は、思ったより大きな車で現れた。海でも山でもどこへでも行けて車中泊も出来る、質実剛健なSUVだ。彼女は見事なハンドルさばきで、高速も下道もすいすい乗り回す。 「井田さんちの跡地、まだあのままになってるんだよ」  市内に入り、街一番の生コン屋の立派なプラントの横を通り過ぎる時、茜は言った。父の七回忌で帰省した時に見た、横倒しになって朽ち果て、草に半ば埋もれたプラントは、今もまだ手付かずに放置されているらしい。 「家は真っ先に壊されたんですけどね」 「あれは勿体無かったよね。重要文化財になりそうだったのに」 「あの家が重要文化財?」  ボロいプレハブの掘っ建て小屋に毛の生えたようなものに、それほどの価値があったとは思えない。 「昔ね、知白(ともあき)さんに質問したの。このお家、何でこんなに広い土間があるんですか? って。そしたら、あれは元々は生コン車に生コンを詰める為だけに建てられた建物で、事務所は後付けなんだって。一階に生コン車を停めて、二階に置いたミキサーから一階の車のドラムの中に生コンを落とす仕組み。プラント導入以前の過去の遺物だって」 「へぇー」  そんな話は初めて聞いた。あの家に生まれ育った知玄より、他人の茜の方がずっと詳しい。  寂れた住宅街の一角に降ろしてもらう。陽当たりの良い、小さくて古い一階建ての借家が、今の知玄の「実家」だ。庭に軽自動車が二台停まっている。母も兄も居るようだ。  チャイムを押すと、奥から「開いてるよっ」と声がかかった。間もなくドタバタと騒々しい駆け足が近づいてきた。 「すいっちっっっ!!」  何かの挨拶のように叫び、飛び出してきた男の子。袖捲りしたぶかぶかなトレーナーと半ズボンから、健康的に日焼けした細い手足が伸びている。母の手で短く刈り込まれた髪、切れ長の目は笑うと日向の猫みたいにしゅっと細くなる。大きくなったねと言うべきなのに、こんなに小さかったのか! と言いたくなる。 「子供の頃のお兄さんが帰って来たみたい!」  思わずソーシャルディスタンスも忘れ、抱き締めた。 「お前、どんだけ俺のことが好き?」  息子の背後で、兄は肩を竦めて苦笑する。 (おわり) ※2020年12月31日15時15分におまけを公開します。

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