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◯誰も何も言わないからといって。

「許されるわけねーだろが、このバカッタレがーっ!!」 「ぎゃーっ!!」  まさかのジャーマンスープレックス。あれからも知玄(とものり)は、親父とお袋が何も言わないのをいいことに、普通に俺の部屋を出入りしていたが、夜も俺の隣で寝ているのを親父に見つかり、遂にぶちギレられた。拒否らない俺も悪かったんだけど、どうせ怒られるのは俺だけだろうと油断してたら逆で、何でか知玄だけがどやされた。  親父が黙ってたのはただ、仁美(ひとみ)の枕元をやかましくしたくなかったからだった。そうだよな、一つ屋根の下で息子達が過ちを犯しているのを止めない親なんか、いるわけがない。 「今夜からお前は父さんと母さんの部屋で川の字だっ。分かったな、知玄!」 「そんなぁー」  知玄は親父に襟首を掴まれて、親父とお袋の部屋に引きずって行かれた。    仁美の火葬が済んだ翌日から、急に暖かくなった。桜は三月の間に満開になり、四月を待たずに全部散った。  俺の二十二歳の誕生日は冬が戻って来たように寒く、朝から(みぞれ)まじりの冷たい雨が降っていた。日曜だというのに、親父から一階の事務所に呼び出された。 「調子はすっかりいいのか」 「お陰様で、久しぶりに煙草がどちゃくそ美味ぇ」  俺が煙を吐き出すと、親父はあからさまに顔を(しか)めた。 「アキよ。お前、少しは自分の健康に気ぃ遣いな」  今更何を言うか。酒と煙草は紳士の(たしな)みだとか言って、俺に十三からやらせてたのは誰だっつうの。 「急に俺を娘扱いすんなって。Ωはガキを産むってだけで、あとはただの男と変わんねえの」 「それぐらい、おめえらの世代よか俺らの方がよく知ってんだよ。それにしても」  親父は俺が言うことを聞かねえから諦めたのか、自分も煙草に火を点けた。 「お前、よくちゃんと医者に通ったな」 「うん?」 「仁美を身籠ってた時によ。さすが俺の息子だ、胆が据わってらいな。孕んだ男Ωは病院にも行かず、一人で部屋とか公衆便所とかでガキぃ産んで、そのまま棄てっちまうのが定石っつうのに」 「ふん、なりふりなんか構ってらんねぇだろ」  親父は笑った。 「俺と母さんの子育ては失敗じゃなかったってこったな。まぁ、知玄の方はもう少し教育が要るみてえだが」  それはどうだか。 「ところでアキよ」 「何?」 「今年は仕方ねぇが、来年こそ修業に出な。却って丁度いいだろ、同期が同い年ばっかのが」  本当は今年、じいちゃんのコネで、遠くのでかい生コン屋に就職することになっていた。妊娠したから内定蹴っちゃったけど。  いよいようちの会社もヤバいってことなんだろう。だって、昔、経営がまだ今ほど酷くなかった頃には、俺を外に出すなんて話、一度も出たことがなかったし。 「お前には期待してる。外で一杯学んで、俺の会社を継いででかくしろよ」 「へいへい」  結局、それが果たされることはなかった。俺が修業に出て三年もせず、この会社は連鎖倒産の波に呑まれた。

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