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1章 第10話

 俺は自分の運の悪さに愕然とした。まさかこんなことがあろうとは。 手に持ったカードには"特殊カード"の文字。その内容に目の前が真っ白になるような気さえして、自分の不運を呪った。  時を逆上ること一時間ほど前。各クラス整列した状態で講堂に並んでいた。 講堂と言ってもかなり広い、体育館くらいの広さがあるそこで開会式が行われている。顏のいい理事長の挨拶と、理事長に比べると冴えない校長の短めの挨拶が終わり、生徒会長が改めて入学祝だと今回の新入生歓迎会について話をしているのを聞いて、漸く新歓の鬼ごっこのルール説明が行われた。  予め内容を知っていた俺は、壇上で説明する副会長の言葉を流し聞きしながらこっそり欠伸を噛み殺す。そして、説明はついに特殊カードの話になった。 「今からカードを配ります。薔薇だけが書かれたカードはノーマルカードです。それには特に意味はありません。そして、薔薇以外に文字の書かれたカードがあります。それは特殊カードです。そちらは生き残った際に受ける恩恵が増える。つまり、最後まで特殊カードをもった生徒が残っていた場合、その生徒は生徒会からのご褒美と、幻のデザート券、そして特殊カードに書かれている内容のご褒美が追加でもらえます。ラッキーですね」  壇上で説明する副会長がにっこりと笑う。わーっと歓声が上がる中、俺はその笑みに何か裏があるように感じた。そしてその読みは当たる。 「ただし、この特殊カードを持っている生徒がもし捕まった場合、カードに書かれた罰ゲームを受けていただきますので、気を付けてください。カードの交換、譲渡は一切禁止です。逃げる側同士で見せ合うことは許可しますので、確認などはご自由にどうぞ。それでは、受け取りましたらこちらから渡すペンで裏面にサインしてくださいね」  爽やかな声で告げられた内容に生徒たちがざわつく。特殊カードの内容によっては生徒会のどなたかに捕まえてほしいなんて言っている声も聞こえる。  カードが一枚配られてくるのとは別に、前から特殊なペンを回してきているようで俺のところに回ってくるまで少し待った。  そのペンで裏面にサインをしてカードの中身を見る。そして、冒頭に至るわけだが。 副会長の説明が終わり、双子の補佐がなにやら注意事項をいくつか話した後、クラス毎に逃げ始めることになり一年と三年のGクラスから講堂を出ていく。全クラスが出終わったら、鬼は六十秒数えて追撃開始だそうだ。ちなみに、生徒会は五分遅く出るらしい。 「真澄くんカードなんだった?」  頼人が寄ってきて俺に問う。逃げる側は見せ合ってもいいということなので頼人にカードを見せる。 「なになに。特殊、カード…このカードを持って逃げ切ったものは文化祭の女装コンテストの審査員の権利を得られる。ただし、捕まった場合は文化祭で女装コンテストに出場すること……だって」 「そういうわけだ。なおさら捕まるわけにはいかなくなった」 「うわー……僕、ノーマルカードだったよ…いっくんとゆーたんは?」  俺のげんなりとした顔を見てご愁傷様と言わんばかりの反応を示した希代はそのまま、後ろからやってきた我妻と田島に尋ねる。 「俺はノーマルカードだ」 「僕は特殊だけど、食堂一食無料の権利か、捕まったら捕まえた相手に一食ご馳走する、だから、平気……」  二人はこちらをちらりと見て目を閉じる。だから憐れむようなその態度はやめてくれ。そして何故、俺は女装なんだ。  そうこうしているうちにB組の逃げる時間になった。一般生徒にすら捕まりたくない。そんな気持ちを抱えて、俺は講堂を出る。ゲームが始まってしばらくすると、校内放送で鬼役の二年が講堂を出たとアナウンスがあった。  漸くゲーム開始かと楽しそうな声がどこかからか聞こえてくる。俺とは真反対の感情に羨ましささえ感じながら、とりあえず、開けた中庭から校舎に入る。  万が一、百合から追われることがあった時に備えて体力は温存しておきたいので、今は歩いて移動している。  視聴覚室の扉を開けてそっと音を消して中に入る。入り口から見えにくい場所まで行って、しゃがみこんで予め暗めに画面設定したスマホを開く。  この忌々しい特殊カードというものの存在のせいで、二年の一般生徒に捕まっても、文化祭で女装コンテストに出場という羞恥プレイが俺を待つことになってしまったので極力逃げきりたくなってしまった。なので仕方なく、俺は予定を変更し情報を用いて極力捕まらないように立ち回ることにする。  もちろん、百合に捕まるくらいならその辺の一般生徒に態と捕まろうと思う。体力の限界を迎えたら考えよう。  スマホの液晶画面には"希代頼人"の文字。向こうも追われてはいるが、余裕があるのだろう返信が早い。 『二年の生徒結構本気。会計の親衛隊と、そこと親交のある親衛隊は真澄くんのこと血眼になって探してるよ。中庭と部室棟と校舎の入り口近辺は人が多くて危険。気を付けてね』  読んで頭を抱える。会計の親衛隊はただでさえ規模がでかい。それにまだプラスアルファがあるのか。  ざわざわと騒がしくなってきた廊下に意識を配りつつ、返信を打つ。画面を確認してからスマホを暗くし、音を殺しながら少しずつ移動する。  ふと、廊下の方で何人かの生徒が何か話しているのが聞こえた。少し聞き取り辛いが、二年のようなので俺は静かに聞き耳を立てる。 「ほんとかよ、一年のなんて生徒?」 「えーと、確か……須賀? 須賀真澄っていう黒髪の眼鏡かけた生徒だよ。B組の」 「見つけたら百合の親衛隊に言えばいいわけ?」 「そうそう。そしたらなんか百合が礼として――」 「まじかよー探すかぁ」  ―は?俺を見つけて報告したら礼? なんだそれ。反則だろ。  一般生徒らしき二人組の話し声が遠ざかっていく中、俺は呆然とその声を聴いていた。これではその辺の生徒に態と捕まるというプランが使えない。部活で仲のいい先輩は主に三年だし、二年生の先輩とはそもそもあんまり喋ったこともない。全員が全員そうではないかもしれないが、いちいち大丈夫な人かなんて確認して逃げるわけにもいかない訳で。  こうなってしまったら俺はもう、二年……つまり、赤いネクタイをした生徒を見たらなにがなんでも逃げなくてはならなくなった。  全く、何でもありじゃねえか。そう思って俺はスマホを開く。点灯した液晶には三人の友人からのメッセージ。内容は先ほど聞いたものと同じものだ。  ―俺は指名手配犯かよ……なんでこんなに沢山の生徒から探されなくちゃなんねえんだ。  一か所に留まるのも危険なのでふらふらと重い足取りで視聴覚室を出る。目指すは国語準備室だ。あそこはあまり人が通らない。  教師に与えられている準備室の中で、国語準備室だけは何故か自教室などから外れているところにある。  そもそも普通の学校……少なくとも俺が居た世界では、国語準備室なんてないと思うのだが、この学校はすべての教科、教師に準備室を用意している。必要なのかはわからないが、少なくとも世良にはいらないと思う。  誰にも見つからずに到着すると、準備室の廊下前でスマホを取り出す。  我妻はどうやら捕まったようでメッセージでみんな頑張ってねと送られてきていた。  ちなみに捕まった生徒は講堂に戻って、捕まえた生徒と一緒にカードを担当の教師に提出する必要がある。生徒会からのお願いは、この一年、在籍している間一度だけいつでも提示可能で、効果があるとか。  田島は追いかけられているのか返信がなく、頼人は隠れているようで既読が付くのが早い。  たすたすと指を滑らせて返信を打っていると、背後から突然にゅっと腕が伸びてきて、俺はそのまま国語準備室の中へと引き込まれた。

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