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1章 第12話 side百合
Side 百合
どさり、と音を立てて倒れた真澄くんを抱きかかえようとしたら後ろの世良ちゃんに睨まれている気配がして振り返る。
カツカツと音を立てて近づいてきた世良ちゃんは何も言わずに気を失っている彼を優しく抱きかかえて俺に向き直る。
「俺の可愛い生徒にちょっかい出すのは構わんが、ヒートに充てられたとはいえさっきのは許せねえな。百合」
「……世良ちゃんってば、可愛い生徒ってだけじゃないくせに」
茶化すような口調で言ってはいるが俺は世良ちゃんを睨みつける。
須賀真澄という生徒と、この世良孝明という男の間にはただの教師と生徒というだけの関係ではないなにかがある。そう俺は確信していた。
世良ちゃんの慈しむような眼はこの子にだけ向けられていて、こうして彼のピンチには世良ちゃんが毎回現れる。本当に、邪魔でしかない存在だ。
俺の言葉を無視して背中を向けて去っていく世良ちゃんにむしゃくしゃして壁を殴った。
「ほんっと、むかつくなあ」
―須賀真澄。初めて見た時、綺麗な顔をした子だと思った。
入学式の時、真新しい制服に身を包んだ彼を見た。欠伸をしながら理事長の話を聞く横顔は、整っていて、綺麗な顔をした子だな。と思った。
その後、世良という新任教師に呼び出されて、楽しそうに笑う姿を見て心を奪われた。全身が、運命だと叫びをあげていた。
眼鏡でぱっと見は目立たないが、整った顔立ちをしている彼を必死に目で追う。きっかけが欲しい。なにか、話しかけるきっかけが。
彼と、面と向かって話ができる機会があれば、きっと好きにさせて見せるのに。いや、魂で繋がっているのだから、必ず好きになる。それなのに、きっかけがない。いや、作ればいいだけなんだけれど、それじゃあ運命って感じがしないじゃないか。特別なイベントがあって、それで衝撃的な出会いを果たす。それが、よくある運命って奴でしょ?
食堂で何度か目が合って手を振ったけど無視されたから、もっと劇的な奴がいい。
何かいい理由はないのかと考えていたある日、副会長の湊が編入生の狩野雅貴のことを気にいっているのだと話をしてきた。会長と補佐たちが興味深げに話を聞いている。それもそうだ。副会長の湊が人に興味を示すこと自体が珍しい。
俺はふと、狩野雅貴の寮室のことを思い返す。そういえば彼は須賀真澄と同室だったのではなかっただろうか。
「ねえ、ふくかいちょー。その雅貴クンに会いに行かない?」
「え、珍しいですね。成瀬、手を出したら許しませんよ」
「ダイジョブダイジョブ! 雅貴クンに手をだすつもりはないから。安心して」
ソファーに仰向けで寝転んだまま、スマホを弄って親衛隊の子たちに連絡すると、彼らからすぐに返信が来る。編入生の居場所を尋ねる内容に返ってきた言葉は『食堂で一年の黒髪の生徒とご飯を食べていますよ』だったので笑みを深くする。
タイミング的に、須賀真澄くんで間違いないだろう。違っていれば、帰ればいいだけの話。
―嗚呼、やっと出来た。やっと、君に話しかけるきっかけが。
スマホを閉じて立ち上がると、副会長に食堂に行こうと促す。会長と補佐たちは用事があるのでこれなかったが、書記であり友人でもある唯川桔平 と、副会長と食堂に向かう。
途中で風紀委員長の槙とばったり会って、彼も昼食を取るために食堂について来た。
食堂の奥の方。テラス席に近い場所で、狩野雅貴の隣でカレーうどんを食べる彼を見つける。
狩野に話しかけた副会長の後をくっついていく。俺たちを見てぎょっとした顔を浮かべる彼に笑みを深めた。
彼の口から出た一言一言に心が躍る。
―何をしても、手に入れたいと思った。
甘い匂いがする。真澄くんが目の前でヒートを起こしてくれた時は信じてもいない神に感謝をした。
鬼ごっこ中だとは言えこのまま項を噛んで番にしてしまえたら、なんて考えて胸が高鳴る。とはいえ、あと僅かな時間で人通りがないという訳では無い場所で無理矢理にでもセックスをして項を噛む。なんて現実的ではない。
頭ではわかっていても、身体がそうしたいと全身で訴える。
足の力が抜けたのかへたり込んだ彼をじっと見つめていると、ヒートで苦しいはずだというのに、それでも彼は震える手で薬を手に取る。
―それを飲まれるのは、ちょっと困るなあ。
視線がかち合う。怯えたような瞳に映る自分が欲に濡れている。
キスしてやろうと顔を近づけると慌てたように逸らして、彼はばっと薬を口に含んだ。ポケットに手を突っ込んでカードを俺の胸に押し付けて立とうとするが、足に力が入らないのか立てない様子の真澄くんを抱きしめる。目が合って、俺は体温が上昇するのを感じた。
項を噛みたい。番にしたい。俺のものにしたい。そんな気持ちが頭の中を支配する。
力なく抵抗する彼が、後ろから掛かった声を聴いて安心したようにその名を呼んだので、そっと力を抜いて後ろを振り返った。
世良孝明。俺の、一番のライバルにして、彼の笑顔の元になる男が、そこに立っていた。
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