1 / 3
Proof.1
恋人から意味が分からない言葉を放たれ、江ノ島来人は不機嫌そうに眉を上げた。
「はぁ?あいさつ?」
由良孝幸へ片想い歴2年と少し。密かに想っていたはずが、来人の気持ちは仲間内にはバレバレだったらしく、死にたくなったのは2ヶ月前の事だ。
何の奇跡か由良と付き合うようになった今、祝福されるような生温い視線に晒され続けていた。
心底鬱陶しい。
放っておけと来人が半ギレで訴えたが、仲間たちを煽る材料にしかならなず。
ならばと無反応に徹しているが、全く変わる様子もなく、来人と由良をニヤニヤと眺めている。
いつまでこんな視線に晒されねばならぬのか。羞恥と苛立ちの中で、由良の話を聞いていなかった。
「あいさつって、誰に?」
来人が睨み付けるように隣を見ると、由良がいつもの様に穏やかに微笑んでいた。
青空をバックに微笑む姿は『王子様』に恥じぬ爽やかっぷりだ。
その『王子様』に失礼だが、由良の穏やかさというか、感情の起伏のなさを、たまに宇宙人か何かと思う事がある。
「もちろん、江ノ島くんの親御さんにですよ。」
「はぁ?―――いやいやいや、必要ねえだろ。」
ヒクリと来人の頬がひきつる。
自分の親と由良を会わせる所を想像して、ゾッとした。
―――あり得ねえ。
あのバケモンと面会させるなど、夏だというのに恐怖で体が震える。
「ありますよ。ボクたち番になるんですよ?卒業したら『番届け』を出しますし、その前に親御さんには一度ご挨拶をしておかないと。」
「つ、番、届けって、」
頭が追い付いていかずに、来人の思考回路は停止した。
由良とは付き合い始めたばかりで、恋人らしい事はキスくらいで、学校の外でのデートらしきものも数回しかしていない。
番になるなどまだ全く考えられず、遠い未来の話だと思っていた。
それが、番届け、だ。
来人が固まっているのを見て、何を勘違いしたのか、由良がニコニコと説明を始める。
「番届けっていうのは、番関係を結んだ18歳以上のふたりが国へ提出するもので―――」
「おまえ、バカにしてんだろ!?知らないわけねえだろ!」
がうっ―――っと、来人は吼えると、それに由良が不思議そうな顔をする。
「あ、ご存じでしたか。すみません。ええと、では何に驚いているんですか?」
「いや、ほら、番届けって、けっ、けっ、けっこ、ん、みたいな、」
「そうですね。結婚と同じ事になりますね。」
平然と『結婚』と口にした由良を、マジマジと来人は見返した。冗談でするような話ではないから、本気で言っているのだろう。
―――マジかよ。
番届けとは、さっき由良が説明した通りで、ほぼ婚姻届けと同意だ。一時期、捨てられるオメガが多発し、全国的にオメガの自殺が相次いだ為、それを抑止するように出来た制度である。
この制度が出来てからは、オメガの自殺は年に数件ほどまで減り、アルファの番選びはかなり慎重になっていた。
来人が目を見張っていると、またもや何をどう勘違いしたのか、由良が哀しそうに顔を歪める。
「江ノ島くん、もしかしてボクでは番になれませんか?」
「な、わけねぇだろ。ちげえし。おまえだ、おまえ。オレなんかで本当に良いのかよ。―――ほら、オレら実際した事ねえんだろ。手、出さねえし、おまえ。」
拗ねるような口調になってしまい、チッ―――と、来人は舌打ちした。
そういった行為を全くしていないのだから、不安にならない方がおかしいとは思うのだが、こんな厳つい男がグズグズとするのは気持ち悪い。
―――マジサイアク。
自己嫌悪に陥りながら恐る恐る由良を見ると、相変わらずの穏やかな顔で微笑んでいた。
「『オレなんか』なんて言わないでください。ボクは江ノ島くんと番になりたいのですよ。不安にさせていたのなら、すみません。きちんと親御さんに番になる旨を伝え、了承を得てから、そういう事はしたいと思っています。」
あまりの驚きで言葉が出ない。
―――これって、すげぇ大事にされてねぇ?
来人がオメガらしさの破片もないゴリマッチョだから、由良がその気にならないのだと思っていた。
でも、違った。
随分と古風というか、アルファらしくない考え方が、とても由良らしい。
実際に来人の体を見たわけではないから、事に及んだ時に萎えられる可能性も大だが、今のところ大事に思ってくれている。
―――う、うれしい。
由良の気持ちが分かって、堪えきれず口がムズムズとなった。そんな来人を見て、由良が甘い密のようにトロリと微笑む。
「だから、ご挨拶に行かせてください。ね、江ノ島くん。」
由良の手にスルッと頬を撫でられ、来人はまるで催眠術にかかったかのように、夢見心地で頷いてしまった。
ともだちにシェアしよう!