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Proof.1

恋人から意味が分からない言葉を放たれ、江ノ島来人は不機嫌そうに眉を上げた。 「はぁ?あいさつ?」 由良孝幸へ片想い歴2年と少し。密かに想っていたはずが、来人の気持ちは仲間内にはバレバレだったらしく、死にたくなったのは2ヶ月前の事だ。 何の奇跡か由良と付き合うようになった今、祝福されるような生温い視線に晒され続けていた。 心底鬱陶しい。 放っておけと来人が半ギレで訴えたが、仲間たちを煽る材料にしかならなず。 ならばと無反応に徹しているが、全く変わる様子もなく、来人と由良をニヤニヤと眺めている。 いつまでこんな視線に晒されねばならぬのか。羞恥と苛立ちの中で、由良の話を聞いていなかった。 「あいさつって、誰に?」 来人が睨み付けるように隣を見ると、由良がいつもの様に穏やかに微笑んでいた。 青空をバックに微笑む姿は『王子様』に恥じぬ爽やかっぷりだ。 その『王子様』に失礼だが、由良の穏やかさというか、感情の起伏のなさを、たまに宇宙人か何かと思う事がある。 「もちろん、江ノ島くんの親御さんにですよ。」 「はぁ?―――いやいやいや、必要ねえだろ。」 ヒクリと来人の頬がひきつる。 自分の親と由良を会わせる所を想像して、ゾッとした。 ―――あり得ねえ。 あのバケモンと面会させるなど、夏だというのに恐怖で体が震える。 「ありますよ。ボクたち番になるんですよ?卒業したら『番届け』を出しますし、その前に親御さんには一度ご挨拶をしておかないと。」 「つ、番、届けって、」 頭が追い付いていかずに、来人の思考回路は停止した。 由良とは付き合い始めたばかりで、恋人らしい事はキスくらいで、学校の外でのデートらしきものも数回しかしていない。 番になるなどまだ全く考えられず、遠い未来の話だと思っていた。 それが、番届け、だ。 来人が固まっているのを見て、何を勘違いしたのか、由良がニコニコと説明を始める。 「番届けっていうのは、番関係を結んだ18歳以上のふたりが国へ提出するもので―――」 「おまえ、バカにしてんだろ!?知らないわけねえだろ!」 がうっ―――っと、来人は吼えると、それに由良が不思議そうな顔をする。 「あ、ご存じでしたか。すみません。ええと、では何に驚いているんですか?」 「いや、ほら、番届けって、けっ、けっ、けっこ、ん、みたいな、」 「そうですね。結婚と同じ事になりますね。」 平然と『結婚』と口にした由良を、マジマジと来人は見返した。冗談でするような話ではないから、本気で言っているのだろう。 ―――マジかよ。 番届けとは、さっき由良が説明した通りで、ほぼ婚姻届けと同意だ。一時期、捨てられるオメガが多発し、全国的にオメガの自殺が相次いだ為、それを抑止するように出来た制度である。 この制度が出来てからは、オメガの自殺は年に数件ほどまで減り、アルファの番選びはかなり慎重になっていた。 来人が目を見張っていると、またもや何をどう勘違いしたのか、由良が哀しそうに顔を歪める。 「江ノ島くん、もしかしてボクでは番になれませんか?」 「な、わけねぇだろ。ちげえし。おまえだ、おまえ。オレなんかで本当に良いのかよ。―――ほら、オレら実際した事ねえんだろ。手、出さねえし、おまえ。」 拗ねるような口調になってしまい、チッ―――と、来人は舌打ちした。 そういった行為を全くしていないのだから、不安にならない方がおかしいとは思うのだが、こんな厳つい男がグズグズとするのは気持ち悪い。 ―――マジサイアク。 自己嫌悪に陥りながら恐る恐る由良を見ると、相変わらずの穏やかな顔で微笑んでいた。 「『オレなんか』なんて言わないでください。ボクは江ノ島くんと番になりたいのですよ。不安にさせていたのなら、すみません。きちんと親御さんに番になる旨を伝え、了承を得てから、そういう事はしたいと思っています。」 あまりの驚きで言葉が出ない。 ―――これって、すげぇ大事にされてねぇ? 来人がオメガらしさの破片もないゴリマッチョだから、由良がその気にならないのだと思っていた。 でも、違った。 随分と古風というか、アルファらしくない考え方が、とても由良らしい。 実際に来人の体を見たわけではないから、事に及んだ時に萎えられる可能性も大だが、今のところ大事に思ってくれている。 ―――う、うれしい。 由良の気持ちが分かって、堪えきれず口がムズムズとなった。そんな来人を見て、由良が甘い密のようにトロリと微笑む。 「だから、ご挨拶に行かせてください。ね、江ノ島くん。」 由良の手にスルッと頬を撫でられ、来人はまるで催眠術にかかったかのように、夢見心地で頷いてしまった。

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