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妄執 1-4
「おはよう長瀬くん。よく眠れたかい?」
足枷をガチャガチャと弄っていた孝司の耳に、男の低い声が囁かれた。孝司はビクッと肩を揺らし、背後を振り返る。そこには白衣をまとい、眼鏡をかけた、医者のような男が立っていた。
「……あんた誰?」
孝司の問いに答えることなく、男は孝司の正面に立った。顔を見ても、まったく面識のない男だ。
「誰だって聞いてんだよ! 俺に近寄るな!」
「私は仁科 だ」
仁科と名乗った男の声は穏やかであったが、不気味な笑みが怖くて仕方がない。孝司はベッドの上を後ずさろうとしたが、すぐに背後の壁に阻まれてしまい、逃げ場はなかった。
仁科がベッドに上がってくる。孝司の前でうやうやしく正座をしたが、威圧的な態度は隠せなかった。
「初めまして長瀬くん。私のことは先生と呼ぶように」
この男は何を言っているのだろうか。
「わかったね、長瀬くん」
訳がわからない。
「あ、あんた、何がしたいんだ。俺にこんなことして良いと思ってんのかよ」
「……なぜ私を先生と呼ばないのだ。生徒は先生に従うものだろう?」
仁科は悲しそうな顔をしたが、孝司にしてみれば何ひとつ道理が通らない。
この訳のわからない男の前から一刻も早く逃げ出したい。
「意味わかんねえよ! 早くこれを外せ!」
孝司は足枷を指し、仁科に強く訴えた。しかし仁科は何やらひとりでブツブツと呟き始めた。
「まずは言葉遣いを正すべきか……それとも生活指導が先か……」
「おい、聞いてんのか!」
その瞬間、仁科の長い腕がにゅっと伸ばされた。おぞましさから孝司は仁科の手を叩き落そうとしたが、前髪を掴まれ、背後の壁に思いきり後頭部を叩きつけられる。
「痛っ!」
目覚めたときの頭痛と相まって、目の前に星が散った。仁科の痩躯から想像できないほどの強靭な力に、孝司の全身がすくむ。
孝司の前髪を掴んだまま、仁科は顔を近づけ、くつくつと笑った。
「まずは髪だ。今のままでは長すぎるから、私が切ってあげよう」
「……え」
「今日は長さを整えて、明日は黒く染め直そう。それが最善だ。わかるかい?」
「い、嫌だ!」
孝司は仁科を退かそうと手足を振り回して抵抗するが、まるでびくともしない。
それどころか仁科は空いた手を白衣のポケットに入れ、中から小型の折り畳みナイフを取り出した。
首筋に押しつけられると、恐怖のあまり身動きが取れなくなった。
「こんなことして……」
「ここでは私がルールだ。先生が決めたルールを生徒が守るのは当然のことだろう、長瀬くん」
孝司は何も返せなかった。
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