8 / 82

妄執 1-8

「早かったね、長瀬くん。そんなにお腹が空いていたのかい?」 「……着替え」 「着替えはまた用意する。それまで辛抱していなさい。それよりも、君は食事を摂りなさい」  こちらの要求は聞き入れられないのか。仕方なく孝司は連れて来られた時と同じ服を着ているが、いくら寒い時期とはいえ、同じ服を着続けるというのは気持ちが悪い。  それに払いきれなかった髪の毛がチクチクと気になった。 「先生、着替えを用意していただけないでしょうか」  心にもない言葉がするすると出てくる。  ――何が先生だ。俺はあんたの生徒になった覚えはない。あんたを先生呼ばわりする理由もない。だけど怖い。  時折垣間見える仁科の不気味な表情の奥にある何かが怖くて、孝司は逆らえなくなっていた。 「着替えはまた用意するって言っただろう。先生の言うことはよく聞いておくのだよ。いいね、長瀬くん」  ――心だけは屈しない。 「長瀬くん。返事をしなさい」 「…………はい」  ――だけどこれから先、何が起きようとも心だけは屈するものか。 「よくできました。さあ食べなさい。冷めないうちにどうぞ」 「先生、ありがとうございます」  ――本当に先生はろくでもない連中ばかりだけど、ここを出るためだ。俺もあんたの先生ごっこに少しだけ付き合ってやる。  孝司と仁科の奇妙な先生ごっこは、まだ始まったばかりだ。

ともだちにシェアしよう!