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妄執 1-8
「早かったね、長瀬くん。そんなにお腹が空いていたのかい?」
「……着替え」
「着替えはまた用意する。それまで辛抱していなさい。それよりも、君は食事を摂りなさい」
こちらの要求は聞き入れられないのか。仕方なく孝司は連れて来られた時と同じ服を着ているが、いくら寒い時期とはいえ、同じ服を着続けるというのは気持ちが悪い。
それに払いきれなかった髪の毛がチクチクと気になった。
「先生、着替えを用意していただけないでしょうか」
心にもない言葉がするすると出てくる。
――何が先生だ。俺はあんたの生徒になった覚えはない。あんたを先生呼ばわりする理由もない。だけど怖い。
時折垣間見える仁科の不気味な表情の奥にある何かが怖くて、孝司は逆らえなくなっていた。
「着替えはまた用意するって言っただろう。先生の言うことはよく聞いておくのだよ。いいね、長瀬くん」
――心だけは屈しない。
「長瀬くん。返事をしなさい」
「…………はい」
――だけどこれから先、何が起きようとも心だけは屈するものか。
「よくできました。さあ食べなさい。冷めないうちにどうぞ」
「先生、ありがとうございます」
――本当に先生はろくでもない連中ばかりだけど、ここを出るためだ。俺もあんたの先生ごっこに少しだけ付き合ってやる。
孝司と仁科の奇妙な先生ごっこは、まだ始まったばかりだ。
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