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妄執 3-1

 今日はなかなか仁科が現れなかった。  孝司は解放されるかもしれないという喜びと、このまま放置され誰にも発見されずひとりで死んでいくのかもしれないという恐怖との、ふたつの感情で揺れていた。  三日目に入り、助けが来る可能性が低いことを孝司は自覚していた。大学の授業はさぼり気味で、いてもいなくても変わらない存在。友人と呼べる男はいるが、彼が孝司の失踪に気づくとは思えない。ましてやひとり暮らしだ。両親は離婚していて、六つ年上の兄との仲も良いとは言えない。  普段の生活で意識したことがなかった孤独が、ここにきて一気に孝司を追いつめた。 「……帰りたい」  どこに帰るのだと自問する声も聞こえたが、この空間から出ることができれば後はどうでもいいとさえ思えた。  孝司は右足首を見る。足枷が着けられた箇所は治療されることなく痕が色濃く残りヒリヒリと痛んだ。結局着替えすら用意されない。  ようやく鍵の開く音が聞こえる。  今日は何をされるのか不安になるが、心だけは屈しまいと、孝司は来訪者を迎える態勢を取った。  だが現れたのは予想外の人物だった。 「大丈夫かい、孝司くん」 「……片山さん?」  片山亮介は申し訳なさそうに頭を下げ、部屋に入ってきた。孝司は違う意味で混乱したが、一縷の望みをかけ彼に尋ねる。 「俺を助けに来てくれたんですか?」  片山はがっしりとした身体を小さく丸めて、すまないとだけ返した。  片山は去年研修に行った不動産会社の社員で、何かと孝司を気遣ってくれた人だ。交友関係の狭い孝司にとって、片山は年齢を越えた友人とも呼べる人物だった。 「片山さんはあいつの仲間ですか?」 「そうだよ」 「どうして?」 「君につらい思いをさせてしまって、本当にすまない」  片山は頭を下げるばかりで孝司を見ようともしない。目線を逸らしたまま、片山は続けた。 「孝司くん。俺と最後に会ったときのことを覚えてるか?」 「片山さんと?」 「三日前、君の就職先について相談したときだ」 「……冗談ですよね」 「飲み物に薬を入れて、意識のない君を俺が運んだんだ」 「嘘だ……」  孝司は片山を信じたかった。それでも裏切られたという思いが強くて、無意識のうちに彼との距離を空けた。 「あいつと片山さんはどういう関係なんですか」 「俺は仁科の元上司だ」 「上司?」 「君が職場に来たときに、あいつと一度会っているはずだ。おそらく君は覚えていないだろうが」 「……はい。でも元上司ってことは――あれ、あいつって何者なんですか?」 「仁科は最近会社を辞めて、今は無職だ」 「仕事はしていないんですか?」 「ああ」  そこで片山は一度言葉を切り、孝司の目を見て続けた。 「君には言いにくいが、仁科が仕事を辞めた理由は君を監禁するためだ」  孝司の肌が粟立つ。仁科はこんなくだらない犯罪のために職を手放したのか。

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