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妄執 3-3
「元気そうだね。長瀬くん」
仁科は突然現れた。
今日は来ないと思っていた監禁者の登場に、孝司はもちろん片山も動きを止める。
「どうして……」
「思いのほか、早く用事が終わったんだ。さて、片山さん」
仁科は蛇のような視線で片山を射る。
「お仕事は終わりましたか?」
片山は何も答えず、バツの悪い顔で視線を落とす。
「まあ、すべて見ていましたが。この件は後で話し合いましょう。それから長瀬くん」
仁科は再び孝司に目を向け、一歩ずつ距離を縮めた。
孝司は微動だにできなかった。仁科の目の奥の危うい光を、本能的に感じ取ってしまったからだ。白衣をまとった男はなおも距離を詰める。
「今日は君にとっての初授業だ。心して受けるように」
「え……」
「いいね、長瀬くん」
穏やかな声に乗せて、仁科は懐からナイフを取り出し、鋭い刃先を孝司に向ける。孝司の喉が鳴った。
「仁科っ!」
「動かないでください。片山さん」
思わず止めようとした片山を仁科が制する。
「私の指示通りにしないと刺しますよ。長瀬くんを」
この空間は完全に仁科の支配下にあった。ナイフを向けられては抵抗できない。
孝司は成すすべもなく、仁科によってベッドに引き上げられた。
「今すぐ痛い思いをしたくなかったら、両手を頭の上に持ち上げなさい……そう、とても上手だよ」
反逆は死を意味していた。孝司は素直に両手を上げた。
「やればできるじゃないか」
仁科が腹の上に跨り、白衣のポケットから手錠を取り出した。
「片山さん。長瀬くんの両手を、これでベッドヘッドに繋いでください」
孝司は壁沿いに立ち尽くしている片山を見た。
あの優しかった片山が仁科に手を貸すはずがない。片山は驚いた表情をしていた。
「これくらい簡単な仕事でしょう、片山さん。どうしますか。私に協力するんですか、しないんですか」
片山が渋る反応を見せると、仁科はわざとらしくナイフの腹を孝司の頬にペタペタとあてがった。少しでも手元が狂ったら皮を剥がれてしまうのではないか。
みっともないと思ったが、孝司は泣きかけていた。
「……わかった」
片山の頷きは、孝司にとって絶望の始まりになった。
二十一になったとはいえ、大人ふたりに挟まれては――たとえひとりが仁科のように細身の男であったとしても――逃げる余地はない。ガチャリ、ガチャリと冷たい金属音が孝司を拘束していく。
用を終えた片山が部屋を出ようと扉に向かう。これで頼りの片山はいなくなってしまう。
硬く目蓋を閉じた孝司の耳に、信じがたい仁科の声が聞こえた。
「どうです、片山先生。少し見学でもしていきませんか?」
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