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「内海~、連絡先教えてよ」
媚びるような声、厭らしい視線、無遠慮に身体に触れる手。
早足で歩いてるのに、男はしつこくつき纏ってきた。
「俺、今まで内海の事知らなかったけど、グループトークに送られた画像見て、すげー可愛いなって思ってさ」
送られた画像っていうのは、柊に命令されて俺を捕まえる為にヤンキーのグループに送られたやつらしい。月曜日の朝、シャッター音がしたのは、多分トーク用に盗撮されていたんだろう。
それにしてもこの男は距離感がやたら近くて、体を密着させてくる。親しくもない図々しい男に、イライラが募り不快で仕方がなかった。
「誰とでもヤるんだろ?俺も相手してよ。なっ、いいだろ?」
馴れ馴れしく肩を組んできて、耳元で甘く囁いた。厭らしい意図で触ってくる手を、思いっきり振り払った。
俺の噂に『誰とでも寝るビッチ』っていう、ふざけた嘘が一つ加わった。
画像と共にこんな噂が広がったせいで、朝からヤンキーやチャラ男に付き纏われていい加減うんざりだ。
下手に反応するとしつこいから、無視する事に徹した。
「画像じゃわかんなかったけど、小柄でめちゃくちゃ色白なんだな。身体も華奢だし……」
男は今度は背中を擦ってきた。こいつはさっきからボディタッチが激しく、しかもねちっこく触ってくる。気色が悪くてずっと鳥肌が止まらない。
「こんな小さい尻で……厭らしいんだな、お前……」
そう言って尻を触ってきたのには、流石に殺意が沸いて睨み付けた。男は「可愛いな……今すぐヤりてぇ」とか言って余計に尻を触ってきた。腹が立って手を叩いたら、「手も小さいのな」と男はニタニタと嬉しそうに笑った。
ーーあー、限界……こいつの顔面、思いっきりぶん殴りてぇ……
頭の中で血管がプツンと切れる音が聞こえ、耐え切れず拳を握りしめた。
「いい加減しつこくない?やめなよ」
「い゛っ!痛ぇ゛よ、有働!手ぇ離せって!お前には、何の関係もないだろっ!」
俺が動き出すより先に、陽人が男の腕をギリッと掴み、動きを制止した。
「生徒を守るのも、生徒会長の仕事だよ。それにナンパなんて、風紀が乱れるしね。嫌がってるから、今すぐ離れて」
陽人が腕を離すと、男は手をブラブラさせて痛みを和らげていた。
「あ゛ー、痛ぇ……ニコニコしてんのに、すっげぇバカ力だな……仲良くなりたくて、連絡先聞いただけだろ。じゃあな、内海。今度は、絶対に教えてよ!」
シッシッと陽人が手で追い払う様にすると、ヤンキーはニヤけながら俺に手を振って足早に去って行った。
終始微笑んでいた陽人だけど、いつもと雰囲気が違うような感じがした。
「柚希って、モテるんだね……」
「……男にだろ。嬉しくねーよ。キモいし」
「朝から俺、柚希のナンパ何人撃退したんだろ……」
やっぱり……
顔は笑ってるけど……
なんだろう……なんか、いつもと違う。
しつこいナンパ野郎を撃退するのは、陽人でも疲れたのかな……
なんとなく、苛立ってるような?
まぁ、温厚な陽人に限って、そんな事ないか。
陽人に迷惑かけてばかりで申し訳ないけど、正直助かってる。それぐらい、しつこい奴が多かった。
「本当、悪ぃ。何回もありがとな。もー、朝からしつけぇし、マジでウザい。トイレまで着いてくる奴いたし」
「えっ、なにそれ!?俺、聞いてないよ……柚希、何もされなかった?大丈夫?」
少し怖いくらい真顔になった陽人に、咄嗟に腕を捕まれた。
冷静な陽人にしては、やけに焦ってる。
周りに見られるとヤバいと思って、然り気無くその手を解いた。
「個室にずっと隠れてたら、諦めてどっか行ったよ。まさか学校だし、変な事はしてこないだろ」
「……何もなくて、本当良かった……ハァ~~~…こういう日が、いつか来るとは思ってた……柚希の可愛さに周りが気付いたら、こうなるだろうなって……」
「ははっ……陽人、何言ってんの?冗談やめろよ。それ、つまんないって」
深い溜め息混じりに、陽人が変な事言い出すから、堪らず笑ってしまった。
ーー陽人って、たまに変な事言うよな……完璧な陽人の少し天然な所、人間味があって好きだけど。
笑ってる俺を見て、陽人はまた溜め息を吐いて困ったような表情になった。
「俺は本気で言ってるの。柚希は自分の良さが、わかってないんだよ。こんなに可愛いのに」
「…………可愛いって、言うなよ……」
恥ずかしくて、顔がカッと熱くなった。それを見られたくなくて、プイっと顔を背けた。
小さい頃から陽人には、可愛いってしょっちゅう言われてた。
今までは可愛いがコンプレックスだったし、恥ずかしいだけだった。
でも、今は“可愛い”って言われると、昨日の夜の事を思い出してしまって……
心音が早くなって、身体がじんと熱くなった。
「急に生徒会の用事が出来て、一緒に帰れないんだけど…柚希大丈夫?」
「別に平気だけど」
「もし、危ない目にあったら、すぐに連絡して」
「平気だって」
「じゃ、またね」
「またな」
学校では不仲のフリをしてなきゃいけない。
だから、素っ気ない態度で、会話は短めにしか出来なかった。
それでも、そんな僅かな時間がとても貴重で、すごく大切だった。
誰にも気付かれないように二人で、後ろ手で小さくバイバイした。
平気だ、なんて言ってはみたものの、柊の事があって内心少し不安だった。
元々力は強くないし、寧ろひ弱だ。だから、例え1対1だとしても相手に敵わない。ましてや、多勢で来られたんじゃ、昨日みたいに何も出来ない。
とにかく、周りに用心して素早く逃げるしか方法はない。
もし、捕まったら陽人に教わった護身術で………
「おい、ちょっと来いよ」
ほんの僅かな時間、考え込んでいるうちに、いつの間にか5人組のヤンキーに囲まれ、呆気なく捕まった。
物音立てず一瞬で囲まれたから、俺に気付かれないように後を着け、隙を狙っていたんだと思う。
油断している暇が一秒たりともなくて、常に気を張ってなければ、こんな風に簡単に捕まってしまう。
「何すんだよ、離せっ!んんっ……!?」
騒がれないように口を手で覆われ、引き摺られるようにして保健室へ連れ込まれる。
5人組は俺をその場に置いていくと、さっさと出ていってしまった。
「お前が、樋浦さんのオンナか?」
目の前のガタイの良い凶悪な人相の男が、黒い背もたれのある椅子に座り、仰け反って大股を開きながら俺に話しかけてきた。
この間、捕まった奴等の中にはいなかったけど、こいつの顔は知っていた。
轟僚太(とどろき りょうた)。
うちの学校の、ヤンキーのリーダーだ。
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