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『あいつは俺達のオモチャだし。もし、死んだら遊んでた時の事故って事にすればいいでしょ。先輩次第で紺野の命、助かりますよ?』
突然、スクリーンにさっきのやり取りが映像で映し出され、男の吐き捨てた胸糞悪い言葉が両脇のスピーカーから流れてきた。映像は途切れる事なくそのまま投影され続け、男達の顔色がみるみる青ざめていった。
「なっ…なんなんだよ、これ!」
「はぁ?盗撮?ふざけんなよ!」
「あんたかよ?あんたが嵌めたんだろ?」
リーダー格の男は顔をひきつらせ、上擦った声で俺に問い詰めた。
「知らねぇよ!」
身に覚えのない事に言いがかりをつけられ、声を荒げて言い返すと、男は俺の肩を掴んで「嘘吐くなよ」と激しく揺さぶった。
「柚希は嘘吐いてないよ。嘘を吐いたとしたら、遊び慣れてるフリをした事かな。柚希は真面目で、遊んでるような奴じゃないから」
ドアが開き、一斉に生徒会のメンバーが入って来た。真ん中に立つ陽人が少し怒りを交えたような声色で、一切笑みを浮かべずに淡々と言葉を放った。
「生徒会……」
「誤解ですって。ちょっとふざけてただけですよ」
「俺の親衛隊(こねこちゃん)から返信きたよォ。そいつら、大夢と同じ2年1組の奴らしいねェ。須藤拓海と石川伸樹と高橋蓮……だってさァ」
「勝手に俺らの個人情報、探るなよ!」
「あなた達、轟とよく一緒にいるよね。仲良くしてるから、強気でいるみたいだけど……轟がユズ先輩に変な事しようとした奴、ボコってるって知ってます?」
「そんなの……知らないし………」
「おまえ達のやってる事は、もういじめの域を越えている。証拠もあるし、刑事事件として俺達は動くぞ」
「すみませんでした。もう、絶対にしませんから……警察には行かないで下さい……」
リーダー格の須藤が泣き出し、必死に謝り懇願してきた。
「ひろむが止めてってお願いした時、君達はちゃんと止めてあげたのぉ?」
「……すみません…」
「謝る相手が違うよ。ちゃんと二人に、心から謝罪して」
陽人に核心をつかれ、三人は気まずそうな顔で俯く。
「本当にすみませんでした……今まで酷い事ばかりしてきて……許して下さい……」
嗚咽を上げながら大夢と俺の方を向いて須藤が謝ると、石川と高橋も弱々しい声で謝ってきた。
「一回謝ったからって、許される事じゃない。もう、二度と大夢をいじめたりしないで。約束を破ったら、その時は警察へ行くから」
静かに憤り冷たく言い放つ陽人に、消え入りそうな声で三人は「はい」と返事をすると、死んだような顔でとぼとぼと帰っていった。
放心状態で力なく床にへたり込む大夢へ、一斉にみんなが駆け寄った。
「大夢、苦しくない?大丈夫?SOSちゃんと送ってくれて、ありがとう」
「ヒロ先輩、少し休んでから保健室へ行こうね」
「カモミールティーだよぉ。気持ちが落ち着くと思うから、無理しないで少しずつ飲んでねぇ」
大夢のイニシャルが入ったマグボトルを、成都がそっと渡した。
「辛かったな。よく頑張った、大夢」
「保健室へは、俺がおぶっていくからなァ、大夢」
みんなの姿を見ると、ホッとしたような顔をして、大夢は小さく頷いた。
大夢の所にいた陽人が俺に近付き、手首をきつく縛るネクタイを、片手でゆっくりと解こうとしてくれている。
「一人で無茶しないでよ……もっと周りに甘えなきゃダメだって……」
「ごめん……」
「柚希が自分を犠牲にして、大夢が助かったとしても、大夢は苦しむよ」
痛いところを突かれ、言葉が出なくなる。
みんなに囲まれている大夢を見ると、俺の方を見て必死に口を動かしてる。
「ぉぇんぁぁぃ……」
微かに聞こえたその声は、俺に謝っていた。泣きそうな顔で、何回も謝っていた。
「大夢……ごめん……」
頭で考えるより先に、言葉が出ていた。大夢は謝らないでと言ってるみたいに、首を横に振ってる。
「ユズ先輩、何もなくて良かった……」
「遠慮しないでェ俺に、甘えてきなよォ~。いつでも待ってるねェ、柚希ちゃん」
「柚希も大夢も、一人で抱え込みすぎだ」
「でも、ひろむはゆずゆずのお陰で、僕達にやっとSOS出せたんだしぃ」
「じゃあ陽人、俺達は大夢を保健室へ連れていくから、柚希の事は頼んだ」
征爾がそう言うと、絢斗は大夢を背負い、稀瑠空が大夢の背中に手を添えて、成都は優しい笑顔で俺達に手を振った。大夢は安心したように、絢斗に身を委ねていた。そして去り際に俺の方を見て、小さく微笑んだ。
「スマホ……見てみなよ」
陽人に言われ、スマホを操作する。
生徒会のグループトークにメッセージが入っていた。
《えすおーえす、きゅうこうしゃ、しちょうかくしつ》
大夢の送ったものだ。大夢は会話に参加するとき、トークへメッセージを送ってるから、見ないで操作やフリック入力出来る上に、めちゃくちゃ速い。その大夢がいじめッ子に隠れながら、必至に送ったんだろう。変換してる余裕なんてなくて平仮名のみで、みんながわかる最低限の情報を打ち込んでた。
「……大夢も人に甘えるのが下手なんだ……生徒会に入ってからも陰でいじめられてたのに、俺達に迷惑かけると思って隠しててさ。でも、本当はそれだけじゃなくて、いじめッ子の事がすごく怖かったんだと思う。声を失うくらい、虐げられてたんだから……きっとそいつに喋るなとか、脅かされていたんだろうね。だから、いじめの主犯格がずっとわからなくて、止める事が出来なくてさ……生徒会長って言っても、情けないくらい無力だよね……」
沈んだような面持ちで陽人は、堰を切ったように話し始めた。
「柚希の事怒っちゃったけど……柚希がいじめの現場を見つけて、駆けつけてくれたから……大夢は柚希を救いたくて、一歩を踏み出せたんだと思う。そのお陰で大夢はもう、いじめられる事はきっとないよ……ありがとう、柚希のお陰だよ。俺じゃダメだった……」
「陽人……」
「でも、自分を犠牲にする事は二度としないで……それだけは約束して」
「ごめん……わかった……絶対、守るから」
陽人の性格なら、きっと大夢の為に尽力していたんだと思う。
たまたま俺が主犯格を特定するのに役に立っただけで、今まで大夢の為に尽くしてきた陽人やみんながいたから、大夢は頑張ってこれたんだと思う。
信用できるみんなだから、助けを求めればみんな必ず来てくれるってわかってたから、SOSを出せたんだって。
スマホのバイブが鳴った。
《柚希先輩、ありがとう》
大夢が俺にメッセージを送ってきた。
ーー大夢の事、悲しませただけで……俺、何もしてねぇのに……
そのメッセージを見つめながら、今まで出せなかったSOSを俺の為に出してくれた大夢の事を、今度は守れるくらいに強くなりたいって……
誰かの為に強くなりたいって、初めてそう思った。
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