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47 ~柚希side~

ーーあまり会えなくなるからって、授業サボッてまで抱き合ったけど…… 部活や生徒会で多忙で、本当に陽人とはなかなか会えなくなった。 頭ではわかってはいるけど、会えないのが寂しくて仕方なかった。 稀瑠空が轟に働きかけてくれたお陰でナンパはなくなったけど、相変わらず下校時は不良達が俺を探していた。顔を強張らせ校内を走り回ってる様子から、柊が相当苛立って奴らに圧をかけているんだろうなって感じた。 連中に同情する部分はあるけど、捕まる訳にはいかない。 単純な女子になるって変装だけど、そのお陰で不良達に気付かれずに、一人でも安全に帰る事が出来た。 穏やかな日々は過ぎーーー 6月の第2土曜日 いよいよ陽人の引退試合が始まった。 気象庁では梅雨入り宣言はしてないけど、どんよりとした空模様でムシムシしていた。ただ、今日は一日曇るけど、雨は降らないって予報で言っていた。 前日にてるてる坊主を作っておいて、良かったな……なんてチラッと考えたりした。 学校が休みの日でも狙われる可能性があるから、出掛ける時は変装するように言われてた。休日用にって莉奈ちゃんが、私服を何着か譲ってくれたからすごく助かった。 無事に試合の観戦をする為に女子の制服を身に纏い、寝ている美空を起こさないようにそっと静かに家を出る。 稀瑠空の親衛隊隊長の近衛が、護衛としてついてくれる事になった。朝早いのに家の前まで迎えに来てくれて、自転車の脇で制服姿で待っていた。 二人で試合会場へ自転車で向かった。近衛は運動神経が良くて、その上背が高くて足が長いから、自転車を漕ぐのがすごく速くて追い付くのが大変だった。会場に着く頃には汗がダラダラと垂れていた。 俺は人見知りだし、近衛は無口だから会話らしい会話なんてお互いしなかった。無表情だし神経質そうだけど、俺の分もタオルやミネラルウォーターを用意してくれたり、色々と気遣ってくれて優しい奴なんだなって思った。 ーーーー1回戦・試合前ーーーー 選手達が円陣を組んで気合いを入れている。その中に三角巾で腕を吊るした、背番号11番のユニフォーム姿の陽人がいた。 「戦力外なのにベンチ入りさせてくれて、本当にありがとう。俺は裏方でみんなをサポートするから、思いっきり戦ってきて。このメンバーなら、必ず決勝まで行ける。迷わないで、自分を信じて。絶対に、大丈夫だから!」 「陽人……」 「陽人先輩……」 陽人の言葉に誰もが泣きそうな、一緒に戦えない事が悔しくて仕方ないような顔をしていた。小学校から陽斗と一緒で相棒のようなキャプテンが、スーと深く呼吸をして気合いを入れ、声を張り上げる。 「一人がみんなの為に!みんなが陽人の為に!絶対に勝つ!決勝まで行くぞーーー!」 「「「おーーーー!!!」」」 選手の中には小学校から一緒の奴もいて、知ってる顔が何人かいた。選手一人一人が陽人の攻め方、動きを熟知していて、陽人ならこう動くっていう動きを完璧にこなしていた。 フィールドに陽人はいないけど、選手達も観客も陽人の存在を、魂を、強く感じていた。 『圧勝』 その言葉がまさにピッタリな試合だった。 選手達の気迫がすごくて、相手に得点を許さなかった。 その勢いのまま、2回戦、準々決勝、準決勝と勝ち進め、いよいよ今度の土曜日が決勝戦だ。 ◇ 放課後、生徒会室でいつものように着替えていた。 ただ、いつもと違うのは陽人がここにいる事だ。 久々に陽人と一緒に帰る事になった。そのまま家へ遊びに寄ってくれるみたいだ。 「今日は部活、いいのかよ?決勝前だろ?」 「みんなが今日くらい休みなよってさ。生徒会の仕事も立て込んでたし、心配してくれてるみたい」 「疲れた顔してるもんな」 「昨日も試合だったしね。体力には自信があるんだけど、ちょっとハードだったかな」 「決勝戦が5日後で、来週は生徒会総会か……」 「金曜日にギプスが取れるから、最後の試合は三角巾とギプスは無しで出られるよ」 「最後……なんだな……」 「そんな悲しそうな顔しないで。俺は晴々とした気持ちなんだから。今までサッカーやってきて、素敵な仲間達にも出逢えて、本当に良かったなって……心からそう思ってる」 試合に出られなくて、悔しい気持ちはきっとあるのに、前向きに考える陽人が本当にかっこよくて、胸がきゅんとなった。 着替え終わった俺を見て、陽人がウィッグを被った頭を優しく撫でてきた。 「今日も可愛いよ、柚希」 「可愛いとか、いらねーから。それに今は“莉奈”だろ」 「そうだね。じゃ、行こうか」 二人で生徒会室から出て、階段を下りて昇降口に向かって歩いた。先週ぶりに二人で帰れるのが、すごく嬉しかった。多忙を極める中、先週も先々週も時間を作っては、週に1回は必ず一緒に帰ってくれた。 そして、自慰が出来ない俺の為に、リハビリでセックスをしてくれた。 ーー今日も……リハビリ……するんだろうな……ドキドキする…… 何度も体を重ねてるのに、いつも胸が高鳴った。こんなドキドキはいつか落ち着くのかなって思ってたけど…… 収まる所か、回数を重ねる毎に強くなっている。 陽人とのこれからの事を考えてソワソワしていると、少し先にある事務室のドアがガラッと開く音がした。誰か人が出てくるみたいだ。 「失礼しました」という上品な声が聞こえ、深々と姿勢正しく会釈する、スーツ姿の背の高い若い男の姿が見えた。 「ーーーー!」 ーー柊……!!! 声が漏れないよう、両手で口を押さえた。 ガタガタと小刻みに手が震えてる。 その人物は間違いなく…… 俺がこの世で一番会いたくない、 あの『樋浦柊』だった。

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