咄嗟に隣にいた陽人の背中へ隠れ、身を縮めた。 ーーなんで……柊が……学校に……どうして……俺の事……探してる……？ パタパタとスリッパを履いた足音が、廊下の向かい側から近付いてきた。怖さのあまり陽人の背中のシャツを左手でギュッと掴み、ウィッグで顔を隠すように下を向いた。陽人も柊に気付いたのか、空いてる方の俺の手をそっと握りしめた。 すれ違いざまに俺の方を、鋭い双眸でギロリと睨んだ。恐怖で全身が戦慄き、足が竦んで歩く事が出来ない。陽人は俺に合わせて立ち止まり、柊に見えないように体で隠してくれた。 ーー見られた……気付いたのか……？……どうしよう…… 心臓が痛いくらいにドッドッと脈打つ。呼吸が乱れ息が苦しい。 「…………おまえ」 背後から冷たい声で話しかけられる。 息はしてるけど、空気を吸ってる気がしない。 寒気がするのに背中は汗をかいていて、鳥肌が止まらない。 「東中の生徒会長なんだ。その襟元の赤いバッジ、会長のだろ？」 「そうですけど……何か？」 柊が話しかけたのは、俺じゃなくて陽人だった。変装がバレてないみたいで、少しだけ安堵する。 「今までの生徒会長は、俺の所に挨拶に来てたんだけど。おまえ、二期連続で生徒会長なんだろ？なんで来ねぇの？」 「俺は今までとは、違いますから。あなたみたいな人と、一切関わりたくありません」 「へぇ～。清く正しい、会長様なんだな」 「ここは学校です。あなたみたいな部外者が、来て良い場所じゃない」 「失礼しました、会長様。樋浦建設の従業員として来校しました。本日より雨漏りの修繕工事で、施工に入らせていただいておりますので」 「用が済んだのなら、速やかにお引き取りください」 「用は……済んでねぇよ」 そう言って体の向きを変え、陽人に隠れてる俺の方へ近付き正面へ立った。 鼓動はますます早くなり、呼吸が更に苦しくなった。 頭がグラリとして、景色が回って見える。 「おまえの彼女？小柄で可愛いね……彼女、顔見せてよ」 俯く俺を覗き込みながら、長い腕がスッと俺の方へ伸びてきた。 俺を押さえつけ、殴り、甚振った手が、俺を捉えようとする。 怖い…… 嫌だ…… 柊に捕まる……！ 怖くて震えが止まらず、動く事が出来ない。 柊の手をパンッと陽人が払い除ける。 すぐさま、柊から守るようにグイッと引き寄せ、俺の頭を押さえ顔を隠すようにして強く抱きしめた。 「見せたくありません。俺、すごく嫉妬深いんで。愛してる恋人の事、誰にも見られたくないし、触られたくもない」 今まで聞いた事がない、陽人の怒気を含んだ荒々しい声。 そして初めて見る、怒りに満ちた阿修羅のような形相で柊を睨んだ。 「そこだけは、俺と同じだな。俺も自分のオンナに触る奴、ぶっ殺してやりてぇわ」 地を這うような低い声で凄みをきかせ、陽人を睨み威嚇した。 このままだと喧嘩が始まりそうなくらい、二人とも殺気立っていた。 ビリビリとした空気の中、暫くの間二人は無言で、噛みつくように睨み合っていた。 緊迫した空気を打ち消すようにスマホが鳴り、柊は電話を取った。会話の内容から仕事関係の電話のようだ。短いやり取りの後、「わかった」と言って電話を切った。 「会社へ戻らなくてはいけないので、これで失礼します。正義感の強い生徒会長様」 嘲笑を浮かべ軽くお辞儀をすると、俺と陽人の横を通り過ぎ、スタスタと歩いて行った。 ホッとして力が抜け、立ってるのがやっとの状態で、力の入らない腕でしがみつくように陽人に抱きついた。「大丈夫だよ」って優しい声で陽人は囁くと、頭をそっと撫でてくれた。 「……なあ、生徒会長様。一つ頼みがあるんだけど、聞いてもらえる？」 「…………何ですか？」 少し離れた場所で立ち止まると、柊は背中を向けたまま、冷ややかな声で呼び止めてきた。 「……“必ず見つけるから”って…………内海柚希に伝えといて」 振り向いた柊が凍てつくような目で、俺と陽人を睨み付けた。