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「鍵、ありがとう……」
手のひらの温もりが残った鍵を、しゃがみ込んで拾った。泣いてる佐藤を刺激しないよう、すぐに立ち上がる。
拘束されているヒロ先輩の手錠を外し、ロープを解いた。
「ヒロ先輩、遅くなってごめんね」
ヒロ先輩は必死に頭を振って、否定していた。そしてナイフが掠めた頬の辺りを、心配そうに撫でてきた。
「大丈夫。ギリギリの所で、切れてないから」
安心したように、ヒロ先輩の顔が綻んだ。
拉致され拘束までされて、怖い思いをしていた筈なのに、自分の事より人の心配をする優しさに心がじんわりする。
「ヒロ先輩、立てる?無理しないでね」
頷くとフラつきながら、ゆっくりと立ち上がった。目を瞑って辛そうな顔してるから、縛られた所が痛かったり、痺れているのかも。
時間があれば休ませてあげたかったけど、そうもいかなかった。
無理させてるヒロ先輩に合わせ、ノロノロとゆっくり歩いた。
そのまま、落胆したように下を向いて立っている、佐藤へ近付いた。
近衛に後ろ手を捕まれ、拘束されて動けないでいる。
「例え未遂でも、人を傷付ける行為は犯罪だよ。ちゃんと、反省してね。そして……」
俺の言葉を聞きながら、佐藤は益々体を丸め小さくなった。
「それだけのピアノの腕があれば、やり直せると思う。だから、無駄なプライドは捨てて、一からやり直せばきっと上手くいくよ」
俺が言葉を言い終えると、佐藤は声を上げて泣き出した。
「近衛……もう、解放してやって」
「承知しました、稀瑠空様」
近衛の拘束が解けると、佐藤はその場に崩れ落ち、床に伏せて肩を震わせながら泣いていた。
スマホを取り出し、グループトークへ送信する。
《ヒロ先輩は無事に救出したよ。ヒロ先輩も近衛も俺も、無事だから安心して。これからスタジアムの方へ、加勢しに行きます。それまで、セイジ先輩、ナツ先輩よろしくお願いします。絢斗は……どうか、無事でいて。待ってるから》
スマホをポケットに仕舞い込む。
多分、試合会場は不良が多数いて、ここなんかよりよっぽど大変だ。不良だって東中だけとは限らないし、もしかしたら高校生やSHGの幹部だっているのかもしれない……
考えれば考えるほど、不安な事ばかりが頭に浮かぶ。
ーー考えたって、しょうがない。今の良い流れのまま行けば、きっと上手くいく。
ナツ先輩の用意してくれたミントティーをコクコクと飲み込んだ。爽やかな清涼感が乾いた喉を潤し、不安な気分を吹き飛ばしてくれた。
ヒロ先輩に先輩用のマグボトルを渡し、近衛には俺のボトルを渡すと、二人ともすぐに口に含んだ。
僅な休息だったけど、三人とも気分転換する事が出来た。
「これからが、本番だから。気合い入れていこう!」
「御意!」
ヒロ先輩は「んっ」と、力強く相槌を打った。
闘志を燃やし、目をギラつかせ、勢いよくあおばスタジアムへと駆け出した。
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