72 / 134

69

「ぐあっ!」 次の瞬間、佐藤目掛けて椅子が投げ込まれ、体に激突した。佐藤は苦しそうな声を上げ、後ろに倒れ込む。 俺の横を風のように近衛が通り抜け、ナイフを蹴り上げると佐藤に馬乗りになり、身動きできないように押さえ付けた。 「くそっ!椅子なんて投げてきて卑怯だぞ!」 「丸腰の相手に、硫酸とナイフを使うおまえのが、よっぽど卑怯だ。どんなに武術に長けてても、武器を持った相手には敵わない。だからこちらも、道具を使わせてもらったまでだ」 「稀瑠空が卑怯だから……親衛隊まで卑怯者なんだ……あの時だって俺の役を…すました顔して、奪い取りやがって!プロデューサーやお偉方に、枕営業して仕事貰ってる癖に!糞ビッチ!性悪野郎!」 恥も外聞もかなぐり捨てて、今まで抱えていた恨み言を佐藤は一気に吐き出す。涙と鼻水で、顔はぐちゃぐちゃになっていた。 見ているこっちが心苦しくなり、ティッシュで拭い取り綺麗にしてやった。 「同情かよ!ふざけんな!あの時、ドラマに出られなくなってから、不幸続きになったんだ……ピアノが上手くいかなくなって……母さんは倒れて……父さんの会社が傾いて……稀瑠空のせいで、何もかもダメになったんだよ!」 「黙れ!何でもかんでも、稀瑠空様のせいにするな!そんなのは……」 「近衛、黙って」 「“稀瑠空様”ねぇ……上から目線で、さぞ気持ちいいだろうなっ!」 「俺は枕営業はしてないよ。事務所も、そういう事はしない方針だし。あの時は、専属モデルをしてる雑誌の編集長に頼まれて、ドラマの見学をしていただけなんだ。監督に挨拶しに行った時、『子役がバックレたから、君に代役頼めないかな?』って、急に言ってきて……だから佐藤くんの役だなんて、知らなかったんだ。あの時は……ごめん」 「謝んなよ!余計に……惨めになる……!」 「芸能界に入って、幼い頃から目の前で、物みたいに切り捨てられていく人を、沢山見てきた。顔やスタイルが良くても、演技力があっても、芸能人としての才がなくて消えてった人も沢山いた。だから生き残った俺は、そういう人達の思いや夢を背負って、売れ続けなきゃって思ってる……目障りかもしれないけど、これからも第一線に立って、俺は活躍してくよ」 「……くそぉ……くそ……うっ……うぅっ…………」 それだけ言うと佐藤は啜り泣きを始めた。悔しそうに、強く握りしめた手を床に置き、そのまま滑らすように鍵を放り出した。

ともだちにシェアしよう!