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「ダメだよぉ……」
その拳を止めたのは、成都だった。横から腕を両手で掴んで、小さな体で精一杯引き止めていた。
「こいつらの思うツボだよぉ……ここで暴力とか、乱闘騒ぎになったら……はるはるの試合が、中止になっちゃう……だから、せいじぃは落ち着いて」
涙声の成都の言葉に冷静になる。
確かに、町田は挑発するだけで、手出しは一切しようとしてない。周りにいる奴等も、ただ立っているだけで無防備だ。
こちらから手を出させ、こちらの過失にするつもりだろう。
俺が腕を下ろし落ち着きを取り戻すと、成都は腕を掴んだまま、横から顔を覗きこんだ。
「先の事考えると、不安だし悲しくなる時はあるよぉ……それでもせいじぃが一緒になるって決めてくれた事、僕はとっても嬉しいし幸せなんだぁ……これからも僕達の事、いろいろ言ってくる人は沢山いるだろうけど……せいじぃがいれば、辛くない」
屈託のない無邪気な笑顔を俺に向け、幸せに満ちた顔で成都は言った。薄桃色の頬は、まだ涙で濡れたままだった。
その顔を見ると、自信も余裕もないのは、自分じゃないかって……
成都を一生守るだなんて思ってたのに、守られてるのは自分だ……
己の器の小ささに、腹が立った。
成都を泣かさないように、余裕のある男にならなければと、自分を叱咤する。
成都の小さな手をそっと握った。
「ゆずゆずの事、探しに行こう……」
小さな手が、俺の手を握り返した。
邪魔する不良達を掻き分け、堂々と二人で並んで歩く。
向かい側からは、通路の真ん中を占拠する、ガラの悪い不良達の群れを避けるように、色々な人達が迷惑そうに端の方を歩いていた。
子供を何人も連れた母親や、老婆の乗る車椅子を押す青年、孫の試合を観に来たであろう老夫婦……
絡まれないように目を逸らして、誰もが早足で通り過ぎてく。
不良達の間を抜けると、陽人の親衛隊隊長の彩と、莉奈が立っていた。
「近衛くんから話は聞いた。私達も探すわ」
「お兄ちゃん、ドジで不器用だから、ゆず先輩の事守れるか心配だし」
友紀の事を莉奈は知らない。
今はまだ、話すべきではないと思った。絢斗から連絡が来たら、真っ先に伝えよう。
「……陽人の最後の試合だろ。柚希は俺達で探す。おまえ達は試合を見てていい」
「陽人くんの悲しい顔、見たくないから」
「それに、東中は……」
会場が割れんばかりの歓声で、大きく揺れた。
「優勝したから」
歓喜に沸き立ち陽人コールが止まない会場で、俺と成都、彩と莉奈に分かれ、走り出した。
各親衛隊にも連絡して、捜索に加わってもらった。この人混みでごった返す、あてのないスタジアムの中から、柚希一人を探し出すには一人でも多くの人手が必要だ。
稀瑠空からは大夢を救出して、近衛と3人でこちらへ向かってるとメッセージが入っていた。タクシーで来るから、もう時間的に着いていてもおかしくはない。
絢斗からの連絡は、まだ来てない。大人数相手に一人で、苦戦しているのかもしれない。友紀と絢斗の安否が心配だ。
ーーとにかく、今出来る事を、精一杯するだけだ。柚希……どうか無事でいてくれ……!
行方のわからなくなった柚希を、ただひたすら無我夢中で探し続けた。
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