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軽自動車に乗り込むと、美空はシートベルトを着け、助手席に座る俺を横目でみながら話しかけてきた。
「柚希、寂しくなったら、いつでも帰ってきなよ。一人でもいいし、柊くんと一緒でもいいから。ご馳走作って、待ってるよ」
「んっ」
美空の母親らしい温かい言葉に、鼻の奥がツンとする。
「あっ、そうだった」と美空は思い出したように、後部座席へ置いてあった、紙袋を差し出してきた。
「陽人くんが柚希に渡してって。連絡はしたの?すごく、心配してるよ」
陽人……
久々に聞くその名前に、鼓動が早くなる。
「まだ……連絡してない……そのうち、必ずするから……」
ーー陽人が……俺を心配してる…………陽人……
震える手で、美空から紙袋を受け取る。
ずしりと重い。
『あいつ、何渡してきたんだよ』
イヤホンからは、ものすごく不機嫌な柊の声が聞こえる。
紙袋の中身を見る。
「漫画……」
柊に伝える為に、独り言のように呟いた。
「そう。柚希が好きそうな漫画、用意したんだって」
その言葉に、美空が返事をしてきた。
「……ありがとうって、伝えといて」
「わかった。ちゃんと、陽人くんに連絡しなよ」
「…………うん」
おしゃべりな美空が止めどなく喋っているうちに、白金市内に入っていた。
車のBGMは美空が小学生の頃流行っていた、カリスマ女性アーティストの音楽で、美空は未だに彼女のファンだ。俺は小さい頃から聞いていて、古い曲だけど知っている。久々に聞いたから、妙に懐かしく感じた。
あと15分も走れば、マンションに着く。
マンション近くの、コンビニの駐車場へ車を停めた。二人で車から降りる。
「ちゃんと野菜食べて、好き嫌いしないでね。睡眠も、しっかり八時間は取るんだよ。あと、柊くんと仲良くね」
「美空、ありがとう」
「具合悪くなったら、柊くんに言って…すぐ病院へ連れて行ってもらってね……我慢しちゃ、ダメだよ……柚希は何でも……いっぱい……我慢……しちゃうん……だから…………」
「美空……泣きすぎ……」
泣きながら話を続ける美空。
さっき貰ったポケットティッシュで、美空の涙を拭いた。
「柚希、少し背が伸びたね……」
美空と同じ位だった背丈がいつの間にか、ほんの少し美空を越していた。
美空と離れて、1ヶ月も経ってないのに……
時間の流れを感じた。
ジリジリと太陽が、駐車場のアスファルトに照りつける。
あまり汗掻きじゃない俺と美空のこめかみに、玉のような汗が吹き出し、ツーと流れた。
「もうすぐ、夏休みだね……柚希……泊まりに帰ってきなよ……」
「わかった。美空、暑いって。それに、恥ずかしいし……」
「もう少しだけ……なかなか、会えないんだから……」
少し小さくなった美空が、俺を抱きしめていた。
泣いたまま、暫く離してくれなかった。
◇
鍵を開け、クーラーの効いていない、熱気の籠った家の中へ入る。
外出中の柊とは、まだ電話は繋がったままだ。
『何の漫画?』
柊に言われ、紙袋から漫画を出してタイトルを伝える。
「“シシリアンの唄”、“異世界からの帰りかた”、“ルートくんは眠らない”、“アイアンマン”、“天空の彼方に”」
タイトルを読み上げるも、電話の向こうでは手下が柊に声をかけて、深刻な感じで話し始めた。何かトラブルでもあったのだろうか。
『悪ぃ、急用だ。片付いたら、また電話する。……逃げるなよ』
地元に帰り、陽人の名前を聞いて動揺する俺に柊は警戒し、低い声で脅すように言った。
「逃げないから……」
『絶対、約束守れよ』
久々に聞く、ゾクッとする冷たい声。直後、電話はすぐに切られた。
床に並べた漫画に触れる。
なんとなく、陽人の温もりがするような感じがした。
それにしても……
全部1巻ならわかるけど、違う漫画なのにどうして巻数がバラバラなんだろう……
眺めているうちに、涙が滲んできた。
巻数の若い順に縦に並べる。
アイアンマン 1巻
異世界からの帰りかた 2巻
シシリアンの唄 3巻
天空の彼方に 4巻
ルートくんは眠らない 5巻
縦読みするとそれは……
《愛してる》だった。
今まで抑えていた、気持ちが一気に溢れ出す。
もう、逢うことも触れることも出来ない、愛しい人。
戻ることのないあの日々は、夢の中の出来事だって、諦めて心の奥に封印した。
ずっと閉じ込めていた強い想いは、輝きを取り戻し、鮮やかに蘇る。
ーー陽人に…………逢いたい…………
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