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夏休み初日。
朝だというのに、日差しが強く既に暑い。
誰もいないリビングで、つけっぱなしのテレビから、天気予報が流れていた。
姿見の前でため息をひとつ。
ーー情けねぇ……結局……一歩も踏み出せない……
鏡に写るのは、顔色が悪く、冴えない表情の自分。
情交の痕を隠すように絆創膏をあちこちに貼り付け、ボタンを閉めネクタイを締め直す。
夏休みに入ったというのに、着ているのは制服だ。
期末テストで成績下位の俺は、夏休み中は補習に出ないといけなかった。
いつもなら学校へは、柊が車で送ってくれる。
でも、この日は樋浦建設の全体役員会議に出席しなくてはならなくて、一人でタクシーで行く事になっていた。
家を出るには、まだ早すぎる。
冷蔵庫からお茶のペットボトルを持ち出し、ソファーに腰を掛け、呆然とテレビを眺めた。
◇
朝からベッドで柊に激しく抱かれながら、しつこく何度も「逃げるなよ」って念を押された。
地元に戻ってから俺の様子が変だから、柊はずっと機嫌が悪かった。
監視や束縛が、以前にも増して酷くなった。
マーキングするみたいに、キスマークや歯形を、見える所までハッキリと、無数に付けられる。
ーーせっかく、柊と良い感じになれたのに……
また前みたいに、怯える日々に逆戻りだ。
離れる時は、いつも電話を繋いだままにして監視される。
会議だから、今日はそれが出来ない。
そのせいで、柊はすごく苛立っていた。
俺を抱き終えると、一緒にシャワーを浴び、柊はスーツ、俺は制服に着替えた。
「じゃあ、いってくる。……変な事、考えるなよ」
「わかってる……」
「……俺がいなくなるから、今ホッとしただろ……?」
「して……ない……」
「俺がいない方が、都合が良いのかよ?あいつに連絡するつもり?」
「そんな事、しない……!」
「最近、何考えてるんだよ。ボーッとしてばっかだし、人の話も聞いてねぇし……なぁ……誰の事、考えてるんだよ……」
「やめ……柊……シャワー、浴びたのに……」
「隠れて会うつもりか?学校に行ったフリして……」
「違う……やだっ……」
仕事へ出掛ける直前だというのに、玄関で俺を再び抱き始めた。
乱暴にキスをしてきて、服を脱がされ、バックから挿入される。
時間がないから、忙しない動きで、なのに俺の弱い所を狙って出し挿れする。
さっきまで散々イカされた身体は、快楽を思い出し、すぐに昂り絶頂する。
「アァん……がっこ……いけなく……なる……あっ……」
「いいよ……行くなよ……」
「…しんがく……できない……」
「出来るように……俺がその分……教える……」
「しゅう……忙しくて……疲れてるのに……めいわく……だから……おれが……バカだから…………ごめんなさい…………」
「………………柚希……ごめん……」
苦しそうな声で言った後、乱暴だった動きはゆっくりになり、俺を優しく抱きしめてキスをしながら柊は果てた。
「シャワー、浴びるなよ。俺の匂い付けたんだから。学校以外は、どこにも寄るな。約束……ちゃんと、守れよ……」
乱れたネクタイを閉め直し、ベルトを閉めて、柊は忙しくマンションを出た。
玄関で、脱ぎ捨てられた制服を拾った。
身体には柊の汗と甘い香水、煙草の香りも微かに付いていて、一人になったのに見張られている感じがした。
玄関と俺の部屋には監視カメラがあるから、家の中でも自由はない。
会議中に恐らく、スマホで監視カメラをチェックしてる。
柊に言われた事を忠実に守り、シャワーを浴びないで着替え始める。
まだ、登校まで時間があるから、身体を洗う事は十分出来るのに……
ーー何……忠犬みたいに、従っているんだよ……
「ははは……なんか…バカみてぇ……」
躾られた犬みたいな自分に呆れ、自嘲した。
柊の事は大切だし、愛しいと思う。
でも、やっぱり……
陽人を愛してる。
その気持ちは、多分、きっと。
これから先も、変わる事はない。
このままじゃ、いけないんだ……
ここから、出て行かなきゃ……
惹かれ合ってても、
お互い傷付け合うだけだ。
俺の心には陽人がいるし、
柊は陽人の幻影に嫉妬し、苦しむ。
柊にとっても……
俺にとっても……
一緒にいる事は、
マイナスにしかならない……
ドアノブを眺め、手を伸ばそうとする。
でも、結局何も出来ない。
今までだって……
逃げようと思えば、逃げる事は出来た……
なのに、怖じ気付いて何も出来なかった……
柊からの見えない鎖に繋がれてる事を言い訳に、いつも逃げていたんだ。
自分を奮い立たせ、意を決する。
刻々と時間ばかりが過ぎる。
フリーズしたみたいに、景色は何も変わらない。
ただ、立ち尽くしているだけで、動く事が出来なかった。
頭上から、無機質なカメラのレンズが俺を映し出す。
ーーこんな所……柊に見られたら……また、怒られる……
結局……恐怖に囚われて、
体のいい言い訳ばかりして
鳥籠の扉を、開ける事が出来ない……
手を伸ばせばすぐ届く場所にある、玄関のドアを暫く見つめる。
諦めたように踵を返し、リビングへと歩きだした。
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