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スパイ行為なんて言うと、すごく危なくて難しそうな感じがするけど…… 要は、ハニートラップ要員だ。 一番年下でか弱く、ましてや俺は芸能人だ。 普通は、こんな危険な役回りに選ばれない。 でも、“俺だから”こそ選ばれた。 何故なら…… 俺は生まれつき、他を圧倒する程のオーラを持ち、俺に触ろうとしても威圧感に負け、相手が屈してしまうからだ。 今まで襲われそうになった事は沢山あった。 でも誰一人として、俺に手を出すどころか、触れる事すら出来なかった。 そのオーラがあるからこそ、芸能人としても成功しているんだと思う。 ※ ※ ※ ※ ーーーー白金市内 会員制クラブ VIPルームーーーー ガラの悪い連中が、女を侍らせる。 テーブルの上には、フードとデザート、シャンパンや焼酎のボトル、飲みかけのグラスが乱雑に置かれていた。禁煙の表示があるのに、空き缶を灰皿代わりに煙草を吸っている。部屋は煙で充満して霞みがかり、空気が淀んでいた。 「ごめんなさい……間違えて入っちゃった……」 個室の入り口に立つ、突然入ってきた余所者の俺を一斉に男達は睨む。 その他人を排除するような鋭い眼光は、忽ち憧憬の眼差しに変わり、感嘆の声が上がり始めた。 「稀瑠空?本物?」 「えっ?めっちゃ綺麗!」 「顔すげー小さい!スタイルいいなっ」 「こっち来て!俺の隣に座りなよ」 「良いんですか?……じゃあ、お邪魔します」 座るように声をかけてきた赤髪の男ではなく、タトゥーとボディピアスだらけで髪を結った男の隣へ座った。長髪の男は怪訝そうな顔をして、何も喋らない。 この男の周りにも、露出の多い格好をした女が媚びながら何人か座っていたけど、他の奴等と違って男は女に興味を示さず、黙々とロックグラスで酒を飲んでいた。 「芸能人じゃ、結構遊んでるんだろ?好きな酒頼めよ。煙草は?」 赤髪の男に差し出された煙草を、微笑みながら首を振り丁重に断ると、男は照れたように顔を真っ赤にし、ニヤけていた。 「僕、お酒は飲めないから。ジンジャーエールで」 「案外マジメなんだな」 別の男が呟くと、早速スタッフに注文した。 ドリンクが届くと乾杯が始まる。 男達に質問攻めにあったり、口説かれたりしたけれど…… 適当に躱して流していたら男達は諦め、侍らしてる女を構いだした。 「あなたは、つまらなさそうにしてるね?」 隣に座る長髪の男に声をかける。返事はない。 「僕なら、あなたを愉しませる事、出来ると思うよ」 男はチラッとだけ俺を見て、すぐに視線を外した。 俺は男を蔑むような目で見ながら、すっと立ち上がり、ゆっくりとグラスを傾けた。 男の束ねられた豊かな黒髪は、頭の上から降り注ぐジンジャーエールで濡れ、床の上には氷が散らばっていた。 「クソガキがぁ!芸能人だからって、調子に乗るんじゃねーよ!」 「大丈夫ですか?井口さん!」 部屋が騒然となる。 女は青ざめてオロオロして、男達は慌てて井口へタオルを渡したり、床を拭いたりしていた。 「…………俺とこのガキ二人きりで話すから。お前ら出て行け……」 井口の凄んだ声に男達は顔色を変え、一斉に部屋を出ていった。 人で溢れていたVIPルームは静まり返り、立ったままの俺と、びしょ濡れになりながらソファーに腰を掛ける井口の二人りだけになる。 「あなた、SHGのNo.2の井口さんでしょ?樋浦柊の“忠犬”の」 「…………」 「人を捌けたのは、僕にお仕置きする為じゃないよね?」 黙ったまま正面を向き、井口は俺を見ない。 濡れた髪からは、滴が滴り落ちている。 「僕がゴミを見るみたいにあなたを見た時、あなたは期待してた」 井口のジンジャーエールで濡れた喉仏が、ゴクリと上下に動く。 「あなたのご主人様は可愛い仔猫に夢中で、全然構ってくれないからね……寂しいんでしょ?」 やっと俺の方へ視線を向けた。 その目は少し潤み、微かに頬が紅潮している。 「僕が新しいご主人様になってあげる」 口を噤んだまま、少し驚いた顔で俺を見ている。 「忠実な犬になってくれるかな?」 男の濡れた髪を撫でると、ビクリと体を揺らした。 「僕だけの犬になって……可愛がってあげるから……」 「………………はい」 目を伏せて冷たく見つめると、井口は息を荒くし喘ぐように答えた。 「…………犬は喋らないし、椅子に腰掛けないよ」 躾のなってない駄犬を睨み付け、暫らくの間沈黙した後、キツイ口調で冷たく言い放つ。 「………………わん」 井口は床に四つん這いになり、上気したような顔で、仔犬のようにか細く鳴いた。 ※ ※ ※ ※ 映像を修正する為にも、ハル先輩に10分程時間を貰っていた。 前もってこの日、ユズ先輩は補習で白鷹中へ登校するって情報が入ってたから、登校時間で家を出るまでのダミーの動画は既に作ってあった。 「ハル先輩、修正終わりました。もうすぐ映像差し替えます」 連絡のやり取りは、グループ通話にして電話を繋ぎっぱなしにしていた。 ワイヤレスイヤホンをハル先輩、セイジ先輩、ナツ先輩が付けて、俺達の所はハンズフリー通話にしていた。 『了解』 「今、差し替えました。繋ぎも自然で上手くいったよ」 『じゃあ、柚希をここから連れ出すから。何か動きがあったら、連絡よろしく』 失敗は許されない。 もし失敗したら柊は更に用心深くなり、次のチャンスは恐らく皆無になる。 だからこそーーー 何が何でも必ず今日、 絶対に、ユズ先輩を救い出す。

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