65 / 65

第65話 後悔と告白と

「ごめんよ倫……! 許しておくれよ――なんて言えた義理じゃないよね。――よく分かってる。僕はお前に……謝っても謝り切れない酷いことをした。本当に……すまない……!」 「会長……っ、そんな……もういいんです……! 僕だって会長にとんでもないことをしてしまって……ずっと謝らなきゃって思ってたんです! それに、僕がいただいた会長の側付きっていうお役目も……最初は……戸惑いましたけど……会長は何も知らない下級生の僕にいつも良くしてくださいました。このお部屋に来ると美味しい紅茶を淹れてくださって、バリ島の豪華な旅行にも連れて行っていただきました。一下級生の僕なんかには有り余るほどのことをしていただいたのに……」 「……倫……」 「それに……! 僕、本当はあの日――伯父から叱られたあの日に……本当は会長に会いに行くつもりだったんです……!」 「僕に……?」 「はい……。会長のお顔を引っ掻いてしまったことを謝りたくて……お宅を訪ねようとしてたんです。でもその直後に伯父のお客さんの接待を言い付けられて……もうこんな家にはいられないって思って家出して……無我夢中で会長の家を目指しました。会長に助けてもらおうと思ったんです……。頼るところは会長しかなくて……。その時はもう昼間のことを謝ることなんかすっかり忘れてしまっていました……。こんな身勝手な僕……」  倫周は、帝斗の家に向かう途中で体力が付いていかなくなり、途中で意識を失ってしまったところを遼二らに助けられたことを今一度詳しく打ち明けた。そして、入学当初は思いも掛けない会長側付きという役目をもらって重荷に思ったこと、できることならそんな大役から降ろしてもらい、普通の学生として静かに過ごしたいと思っていたこと、だがそれを伝える勇気が持てなかったことなども正直に打ち明けた。 「僕は……いつも怯えるばかりで……誰に対しても本当の気持ちを言おうなんて思いませんでした。おとなしくさえしていれば……それでいいんだって思ってました。会長に対しても、同級生に対しても……それに、自分の伯父に対してもそうでした……! でも……川崎で紫月君や遼二君に会って、何となくそれじゃダメなんだって考えさせられたっていうか……。とにかくあの人たちに会って、僕はこれじゃいけないんだって」 「……倫……」 「今まで全部他人のせいにしてきたけど、自分からは何一つ打開しようとしてなかった。それに気が付いたんです。おとなしくさえしてればどうにかなるだろうって、僕がこんな思いをするのは全部誰かのせいだって思ってきたけど……そうじゃないんだって気が付いたんです! 自分で切り開く勇気も持てないくせに、全てを他人のせいにしてばかりだったんだって……気付いたんです」  必死の形相でそう訴える倫周の表情を見て、帝斗はまたひとたびポロポロと涙をこぼした。それにつられるように倫周も又、同じように涙を抑えきれずに瞳を潤ませる。  初めてお互いの心の奥深くをさらけ出し合えたようで、それ以上は何も言わずとも二人は互いの気持ちを読み取れるような気がしていた。 「倫……そっか、そうだったんだ……。僕はお前に様々辛い思いをさせてしまっていたんだね。けれど倫、これだけは信じておくれよ。僕は本当にお前のことを……伝え方は間違っていたけれど……、酷いことを散々したけれど、僕はお前のことが……」 「……会長」 「――大切なんだ。本当に……大事なんだ。お前といると安心できる。お前には重荷だったかも知れないけれど、お前が僕に会いに来てくれる放課後がどれほど楽しみだったか……! 一日の内のその時間をどれほど待ち望んでいたか分からない。できることならもう一度――一からきちんと向き合いたい。今までの酷い扱いをなかったことにしてくれだなんて思っていないけれど……! 許してくれだなんて言える立場じゃないのは重々解っているけれど……ちゃんと、今度こそちゃんと自分の気持ちをお前に伝えたい。これからもずっと――お前と……」  嗚咽を抑えきれずに、しゃくり上げるように帝斗は言った。これからもずっとお前と一緒にいたい――! その言葉を最後まで言えないままで泣き崩れ、止め処ない涙を拭いながら――云った。 「……会長……僕、僕は……ッ」  倫周もまた、涙にくぐもって上手くは言葉が出てこない。代わりにあふれる涙が彼の色白の頬をしとど濡らしていた。 「もう萎縮する必要はない。本当の気持ちを言ってくれていいんだ。僕を許せないならそれでいい。側付きの役目も――お前の思うようにして構わない。ただこのまま……本当の気持ちを伝えないままで別れてしまうのだけはどうしても嫌だった。でももう悔いはないよ。お前にちゃんと気持ちを言うことができたから。だからお前も……どうか遠慮せずに本当のことを言っておくれ……!」  滝のような涙を拭うと、帝斗は真っ直ぐに倫周を見つめた。 「会長……会……長……ッ、僕、僕は……僕も……」  倫周もまた、あふれる気持ちが様々こみ上げてか、嗚咽が先立って上手くは言葉にならない。それでも懸命に、今の自分の素直な思いを口にしたのだった。 「僕も……会長のお側にいたいです……! 僕なんか……何の取り柄もなくて、お側にいても迷惑にしかならないようなヤツですが……僕は会長のことが……」好きです――と、なかなか言葉にはできずにいたが、その言動のひとつひとつで、気持ちは充分に帝斗に伝わったようであった。  思えば、伯父の客に無理強いされそうになったあの日、極限状態の中で倫周が思い求めたのはこの帝斗のことだった。その帝斗とて、バリ島旅行の際に強引に深い関係を迫ってきた張本人ではあるが、その時だって今ほどの嫌悪感はなかった。肉体関係を迫られるという点では伯父の客も帝斗も似たようなものだが、ただ”色”と悪戯だけが目的の伯父の客なんかよりも、本当に好きだから身も心も繋がっていたいんだと言ってくれた帝斗の方がどれほどいいと思えたことか――。あの時、無意識に帝斗を思い浮かべ、彼にこそ助けて欲しいと切に願ったのは、倫周自身も気付いていなかった恋慕の想いだったのかも知れない。  紆余曲折の回り道ではあったが、帝斗も、そして倫周も、ようやくと互いの気持ちを打ち明け合えた瞬間だった。二人は共に涙に濡れながら、どちらからともなく求め合い、ひしと抱き合った。 「倫……! 倫、ごめんよ! そして……ありがとう。こんな僕の……側にいてくれると言ってくれて……本当にありがとう……!」 「会長、僕の方こそ……本当に……」 「今までの――間違っていたことをきちんと改めるよ。これからは素直な心でお前と向き合う。約束するよ。お前の気持ちも、そして僕の気持ちも大事にしながらずっと一緒に過ごしていきたい……。倫、倫――!」 「はい……。はい、会長……!」  涙を拭い合い、そして互いを映しながら固く抱き合う二人の瞳には、あふれる愛情を讃えた笑みが浮かび――鼻をすすり、照れたように微笑み合った。何度も何度も微笑み合った。  不思議な歯車に乗せられるような形ではあったが、ようやくと互いの心の内を確認し合った帝斗と倫周は、一分一秒と時が経つ毎に、滲み出るような幸せを体感していた。回り道はしたけれど求めていたものに巡り逢えたという幸福感を存分に受け止めんと、五感を震わせ互いを求め合わんとしていた、まさにその時だった。 「ほう? これはまた――何とも大胆だな?」  背後から聞こえた皮肉混じりのその声に、帝斗はギョッとしたように全身を強張らせた。何と、そこには従兄の帝仁がふてぶしい態度でこちらを見据えていたのだ。

ともだちにシェアしよう!