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第64話 苦悩の日々

 窓辺のカーテンに縋り付くように肩を丸めて泣く彼は、まるで幼い子供のようだった。いつもの威厳など何処にもなく、強敵に震える動物の子供のようで、倫周はそんな姿に胸の奥をギュッとつままれたようになり、動けなくなってしまった。声を掛けることもできずに、ただただ彼を見つめるだけしかできなかった。  溢れる涙で潤んだ瞳を惜しげもなく晒す彼は、まるで別人だ。倫周の知っている学園の王者などではない。すぐにも走り寄って抱き包んでやりたい、そんな気を起こさせるくらい今の帝斗は弱々しく、儚く感じられた。  その涙でいっぱいになった瞳を朦朧と倫周へと向けると、帝斗は言った。 「その時だよ。僕は久しく忘れ掛けていた紫月のことを思い出したんだ。今度こんなことしたらぶっ飛ばしてやるって言ってくれた……あの時の力強い言葉を思い出したら、藁にも縋る気持ちになった。すぐにも紫月に会いたいと思った。本当に助けてくれるのなら、本当にぶっ飛ばしてくれるのなら、そう思うといてもたってもいられなくなった。けれど記憶は曖昧もいいところだ。覚えているのは”紫月”という名前だけ、他には何ひとつ彼のことについて知らないことに気付いて尚、僕はとめられなかった。どんなことをしても捜し出したいとそう思った。父の言うことが本当ならば、きっとあの指輪が僕らを再び引き合わせてくれるに違いないと、いつか僕を紫月の元へ導いてくれるに違いないと、心の拠り所にしてた」  帝斗は涙を拭うと深呼吸をし、今度は少し落ち着きを取り戻さんとするような懸命な口調で先を続けた。 「それからの僕は紫月というあの時の少年の存在が心の糧となった。以後も従兄からの執拗な仕打ちは続いたけれど、是が非でももう一度紫月に会いたいと思う気持ちが僕に堪える力を与えてくれたんだ。その頃だよ。ちょうど高等部にあがった頃だ。僕は――倫、お前に出会った。中等部の中にお前を見つけた。理由は解らない、けれど酷く惹かれてならなかった。無意識に校舎の中でお前の姿を捜すようになった。それからはさっき言った通りだよ。僕が生徒会長になったあかつきには――その権力を屈指してでもお前を自分のものにしたいって思うようになった。けれど僕は――知らずの内に方向を間違えたんだ……。自分でも気付かない内に……あいつと……あの従兄と同じことをしていたなんて……! お前を無理強いしたのだって、まかり間違ってあいつとどうにかなる前に……お前と結ばれてしまいたかったからなんだ」 「……会長」 「僕は……なんて馬鹿な野郎だろうね……!」  溢れる涙を隠さんと、無意識にすっくと天井を見上げた帝斗の横顔を見つめながら、倫周は自らも涙がこみ上げるのをとめられずにいた。  同情というわけじゃない。  あまりにも気の毒な話にもらい泣きというわけでもない。  衝撃というわけでも――  はっきりとした理由は解らないが、倫周には先程から胸の奥底をギュウギュウと掴まれるような切ない思いが苦しく感じられてならなかった。帝斗の痛みがそのまま自らに重なるようで、理由もなく涙までもがこみ上げてくるのを抑えられずにいた。

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