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―7月31日 木曜日 7月最後の日―
* * *
「アンタ、名前は?」
「……」
「名前は?」
「名前……た、田辺直弥(たなべなおや)」
間近に見える相手にも聞こえるか聞こえないかの声で、直弥は何とか自分の名を告げた。
「記憶は大丈夫みたいだな」
目の前の浅黒い顔は少し和らいだ。けれど切れ長の目を更に細めた様な眼差しは怖いままで。
「ここ……何処……」
「オレんち」
表情一つ動かさず、間髪入れず答えは返ってきたけれど、直弥の根本的な疑問は変わらない。
”オレんち”と言われても、そのオレが誰なのか
ゆっくり部屋を見渡しても、直弥に見覚えのあるものはまるでない。勿論目の前の男も。
「一体何で? 俺は、こんな所で何を……」
状況を把握できず眉間に皺を寄せたら、再び頭痛がした。
「『こんな所』って、随分な事言うなー。人を悪者みたいに」
目の前の鋭そうな男は、少しふくれ面をみせた。風貌に似合わず子供っぽい仕草で。
「恩人だってのに。逆に感謝されなきゃ割合わねーつーの」
またふてくされた表情を浮かべた男は、それでも少し笑って。
「いい加減さあ、手握ってるの離してくれない?アンタにとっちゃ、誰なんだっていう知らない男の手なんだろ」
「あ、すみません……」
不安から頼る様に無意識に掴んだ手を握ったままだった。途端恥ずかしくなり、直弥は慌てて離した。
「別に握ってくれてても良いけど、身動きとれねーし」
徐に男は立ち上がった。横たわっている直弥の視界が陰で覆われる。
「冷たい飲みもん取ってくるから。頭も冷えるだろ」
骨張った幅の広い肩を、直弥は茫然と見送った。
程なく持ってきてくれた氷の入った冷水を、身体が欲していたのか直弥は一気に飲み干した。
「落ち着いた?」
問い掛けられ、素直に頷く。
「大人しそうなタイプなのに、正体無くすまで飲むなよな」
「?」
直弥は途切れた記憶の糸を必死で手繰る。
「俺……」
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