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―7月31日 木曜日 7月最後の日―

「サラリーマンになると、こういう所に住めんのかー」 何処にでもある小さなマンションの何が珍しいのか、直弥には判らないけれど、大介は部屋に入るなりキョロキョロと見回している。 人の事を常套句の様にサラリーマンと呼ぶ当たり、そうでないのだろう。 違う職種で働いているのか失業中なのか、直弥は少し気にはなった。 「とりあえず着替えるだけ着替えて早く寝たら?」 「あ、」 座椅子に殆ど横たわった状態の直弥が、何かを思い立った様に立ち上がろうとしてよろめき、またドスンと腰をつけた。 「どうしたんだよ?」 部屋から早々に去ろうとしていた大介が、物音に驚き踵を返した。 「カードだけは……」 「カード? 今更探しに行ったって見つかりゃしないって! 明日警察いきゃ良い」 「『探しに』? そうじゃない。カード会社で止めて貰わないと」 「止める? 何か止めんの?」 間の抜けた事を言い、首を傾げる大介を見て、直弥は少し呆れた。 「常識だろ。他の奴が使わない様に電話しなきゃ」 「へえー、カードって面倒なんだな!」 立ち上がれない直弥に向かって、大介は鞄から携帯を投げてやる。 携帯を受け取り、手探りでカードの明細を探しながら大介の顔を仰ぎ見た。 「持ってねーからわかんねー」 精悍な顔は、大口を開けて笑いだした。 (今の時代カードも持ってない?) 直弥は眉を顰めた。使わなくとも何かしら一枚位は持ってるだろう。 自己破産でもしたのか?いくら親と住んでいるからって大の大人が。 しっかりして頼もしそうに見えるのに、奇妙な大介に首を捻りながら直弥は携帯をかけた。 「――はい。自分のせいでもあるんですけど、カードを盗られました」 直弥の電話を、大介は歩み寄り間近であぐらをかいて物珍しそうに聞き始めた。 「住所は……、はい。生年月日は……」 直弥のボソボソと喋る声に、大介は切れ長の目を初めて大きく見開いた。 「エーーーッ!! 9も上かよ!!」 大介は叫び声を上げた。 「――はい。9……、いえ…えーーーっ!?」 大介の雄叫び後、直弥も負けずの大声を上げ、携帯を手元から滑り落とした。 「おい、アンタ電話……」 「そ、そんなことより、俺より9こ下って…冗談だろ?!」 「冗談でこんなに驚くかよ」 「ちょ、ちょっと待て。9こ下って、」 直弥は指折り始めた。 「高校生!?」 「そうだけど」 先に驚きが冷めている大介が、唖然とし驚ききっている直弥を見て平然と答えた。 「あーびっくりしたなー。若く見えるよアンタ。いってて4~5位上かぁって思ってたのに」 大介は会話の途中から愉快そうに笑い始めた。 「驚いたのはこっちだよ」 直弥は全く笑顔無く真顔のまま、座椅子からずり落ちた。 「ダイスケさん……いやダイスケ君、どう見ても……」 しっかりしていて大人で、自分より遙かに体格良く。その態度と行動力に勝手に想像が固まり、同年代,もしくは上と疑わなかった。 確かに子供っぽい所が度々感じられたけれど、それが逆に違和感で。それに制服じゃなく私服だったし。 (情けない……良い大人が高校生に助けられて) 正体無くして道でぶっ倒れている時点で、既にボロ雑巾だが…… 電車の中で騒いでいる制服の群れを見ても子供だと見下していた高校生に助けられ、家に連れて帰って貰った。 自分のせいで親に怒られ、挙げ句に家までおんぶしてくれた。あまつさえその広い背中に、頼り甲斐を感じてしまっていた (さんざ世話になり,迷惑かけ,失態を余す所無く晒した恩人が高校生……) 「オレってそんな驚く程老けて見えんの?結構ショックかも……って、なぁおいっ、タナベさんっ!」 粉々に砕かれた社会人と男のプライドの崩壊と共に、直弥は意識が薄れていった。

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