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―7月31日 木曜日 7月最後の日―

「大事な会社あるんだろ?」 「ど、どうやって?」 「アンタまだ寝惚けてんの?酔いも残ってそうだけど、さっき自分で言ってただろ。”終電が無けりゃタクシー”って」 「だけど、お金が」 男は肩を竦め大きく息を吐く。 「だからオレが連れてくって。行きがかり上しょうがねーだろ」 直弥の肩を掴み立ち上がった。 部屋を出ると、漸くここが二階だと知った。 意識も無かった自分が、どうやって階段を上がったのか。考えたら直ぐに答えは出た。 まだふらつく身体を支えてくれている隣の男を見て、直弥は申し訳ないやら恥ずかしいやらで、まともに顔が見られない。 「かあちゃーん、ちょっと出てくる!」 「ダイスケ? こんな夜中に何処行くの?!」 男が大声を上げると、奥から声だけの返事が聞こえた。 「拾い物届けに!」 靴を履き終え、男はニヤニヤと直弥の顔を見ながら、言葉を返した。 「拾い物?! またか!さっさと返してこい! ったく、犬だの猫だの勝手に拾って来おって」 「まあまあ、お父さん」 奥での会話が耳に伝わる。直弥は身体を小さくする。 ダイスケと呼ばれていた男は、また癖のある声で笑いながら家を出た。 直弥が普段履き慣れている革靴にもたつきながらも履き終え、玄関の扉を開くと、大介がしゃがんでいた。 「早く乗れって」 「え?」 「歩けないだろ。また倒れられても困るし」 ダイスケは振り向き、切れ長の瞳を光らせ直弥に促す。 「そんな大変な事、悪い」 「大丈夫だって。家までもコレで来たのに。それに意識無い奴おぶる方がよっぽど大変だって。ほら!」 「すみません……」 自分の失態を予想すると襲われる目眩のため、もう何も考えず好意に甘え、背中に身を預けた。 「家、何処?」 歩くスピードと変わらぬ足取りで背負ってくれている男に、直弥は最寄りの様子と住所を告げた。 「なんだ、近い」 足取りはさらに早くなった。 「俺、あなたの名前きいてなかった……ダイスケさん、って言うんですか?」 「あぁオレ?そうダイスケ。岩瀬大介(いわせ だいすけ)。それから、オレに敬語遣わなくて良いよ。どうせオレの方が」 「でも、」 大介の言葉を直弥は遮った。恩人に対してタメ口をきくなんて気が許さない。今の気持ちを説明した。 「ふーん、真面目なんだな」 大介は笑いながらトントンと小さく弾み、直弥を揺らす。 人気の余り無い夜道を、大の男を背負いながら大介は黙々と歩いてくれた。 大介の広い背は心地よく、直弥は何度も睡魔に襲われそうになった。時々は眠っていたのかも知れない。 寝てはいけないと気を張り、見覚えのある風景になった頃道案内をした。 近いと言った言葉は気を遣わせない為だったのか、結構な時間が流れた後 大介は、直弥のマンションの下で足を止めた。 「到着。何番?」 直弥を背負ったまま、ロックのボタンに指をかけた。 素直に番号を告げたものの、直弥は流石に「降りる」と意志を伝えた。 けれど大介は意地でも降ろさす、結局背負ったまま直弥の部屋まで連れ入った。

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