7 / 255
―7月31日 木曜日 7月最後の日―
「大事な会社あるんだろ?」
「ど、どうやって?」
「アンタまだ寝惚けてんの?酔いも残ってそうだけど、さっき自分で言ってただろ。”終電が無けりゃタクシー”って」
「だけど、お金が」
男は肩を竦め大きく息を吐く。
「だからオレが連れてくって。行きがかり上しょうがねーだろ」
直弥の肩を掴み立ち上がった。
部屋を出ると、漸くここが二階だと知った。
意識も無かった自分が、どうやって階段を上がったのか。考えたら直ぐに答えは出た。
まだふらつく身体を支えてくれている隣の男を見て、直弥は申し訳ないやら恥ずかしいやらで、まともに顔が見られない。
「かあちゃーん、ちょっと出てくる!」
「ダイスケ? こんな夜中に何処行くの?!」
男が大声を上げると、奥から声だけの返事が聞こえた。
「拾い物届けに!」
靴を履き終え、男はニヤニヤと直弥の顔を見ながら、言葉を返した。
「拾い物?! またか!さっさと返してこい! ったく、犬だの猫だの勝手に拾って来おって」
「まあまあ、お父さん」
奥での会話が耳に伝わる。直弥は身体を小さくする。
ダイスケと呼ばれていた男は、また癖のある声で笑いながら家を出た。
直弥が普段履き慣れている革靴にもたつきながらも履き終え、玄関の扉を開くと、大介がしゃがんでいた。
「早く乗れって」
「え?」
「歩けないだろ。また倒れられても困るし」
ダイスケは振り向き、切れ長の瞳を光らせ直弥に促す。
「そんな大変な事、悪い」
「大丈夫だって。家までもコレで来たのに。それに意識無い奴おぶる方がよっぽど大変だって。ほら!」
「すみません……」
自分の失態を予想すると襲われる目眩のため、もう何も考えず好意に甘え、背中に身を預けた。
「家、何処?」
歩くスピードと変わらぬ足取りで背負ってくれている男に、直弥は最寄りの様子と住所を告げた。
「なんだ、近い」
足取りはさらに早くなった。
「俺、あなたの名前きいてなかった……ダイスケさん、って言うんですか?」
「あぁオレ?そうダイスケ。岩瀬大介(いわせ だいすけ)。それから、オレに敬語遣わなくて良いよ。どうせオレの方が」
「でも、」
大介の言葉を直弥は遮った。恩人に対してタメ口をきくなんて気が許さない。今の気持ちを説明した。
「ふーん、真面目なんだな」
大介は笑いながらトントンと小さく弾み、直弥を揺らす。
人気の余り無い夜道を、大の男を背負いながら大介は黙々と歩いてくれた。
大介の広い背は心地よく、直弥は何度も睡魔に襲われそうになった。時々は眠っていたのかも知れない。
寝てはいけないと気を張り、見覚えのある風景になった頃道案内をした。
近いと言った言葉は気を遣わせない為だったのか、結構な時間が流れた後
大介は、直弥のマンションの下で足を止めた。
「到着。何番?」
直弥を背負ったまま、ロックのボタンに指をかけた。
素直に番号を告げたものの、直弥は流石に「降りる」と意志を伝えた。
けれど大介は意地でも降ろさす、結局背負ったまま直弥の部屋まで連れ入った。
ともだちにシェアしよう!