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―8月6日水曜日―

昨日会話の締めだった大介の一言を、今日は直弥が吐いた。 大股で駅に向かって歩きだした直弥を、大介は少し慌ててその後を追った。 「アンタの事何も教えてくれないまま、もう帰んのかよ!」 長く骨張った指で、直弥の肩を掴む。 「俺は、高校生の暇潰しに付き合う程、暇じゃない」 直弥の頬に夕闇が影を落としていた。 「暇潰し?」 「キミにとっちゃ、ただの暇潰しの好奇心なんだろ。言ってたじゃないか。俺の事『生態観察だ』って」 直弥は自分が怒って正論だと思ったのに 振り向き見た大介の顔は、自分より遙かに怒りと傷心に満ちた表情をしていて、余りの形相に驚いてしまった。 「確かに言ったけど……それは…… アーーー!もう良い!!」 大介の大きな口からは苛立ちを隠すことなく、言葉があふれ出す。 直弥は久しく味わっていなかったストレートな感情のぶつかりに、戸惑いを隠せない。 「ダイスケ君、俺も言い過ぎた。まあ、だから……」 「何だよ、さっきまで怒ってたのアンタの方だろ。てきとーに勝手に話終わらせんなよ!『まあ』って何? 気に障る事言われて、俺の事ムカついたんじゃないのかよ。正直に思ってる事言ってくれりゃ良いだろ!」 大介はおさまる気配はない。 お茶を濁したり、気持ちを抑えて体裁を繕ったり出来ない。 適当に流そうとした直弥に憤慨している大介を見て、感情を閉じこめなければ生きてはゆけないこの社会に出る前の自分を、直弥は少し思い出した。 「オレはただ……意識無くす程飲む位、嫌な事がある会社から、アンタが無事に出てくるか……オレは、ただ顔が見たいだけで……だから……」 涼しげに笑顔を浮かべ”観察だ”と言った二日前とは、うって変わり地面を睨み付け、独り言の様に呟いている。 掴んでいた直弥の肩から大振りで手を離し、大介は駆け出し去っていった。 大介の後ろ姿が見えなくなるまで、直弥は立ち竦んだ。

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