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―8月19日火曜日―

「お疲れ様~」  会社から出る踏ん切りがなかなか付かず、日報をゆっくり打っている直弥の背を、軽く叩き去っていく。 直弥は背をビクつかせたけれど、振り向かずやり過ごした。振り向かなくとも判る。その感触。 出来る限り見たくはない相手……遙平 だ。 背の向こう側で、遙平がどんな表情をしているのかも判る。間違いなく、笑顔なんだろう。昔と変わらず。   ――休み前  大介に告げた通り、直弥は本当に実家に帰るつもりだった。けれど (もしかしたら遙平が来るかも知れない) とワンルームマンションで待ってしまっていた。   結局待ち人は来ないまま、直弥の短い夏休みは終わった。 淡い無駄な期待をして女々しく待った自分が、馬鹿馬鹿しくて、嫌悪した。 そんな自分の事を休みが明けても変わらず、待ってくれていた大介の姿を見た途端、得体の知れない感情が込み上げてきた。 相手の事は伏せるとして、こんな情けない状態をつい話してみたくなった。 バカな奴、と嘲笑って欲しかった。 だけど、何より秘密にしようとしていた部分は、知らないうちにバレしていて。 大介は全て解っても、直弥を抱き締め慰めた……直弥は息を潜めたまま、会社を後にした。 *  *  * 高校生に慰められた、大介が言う サラリーマン の直弥は、一体どんな顔して会えばいいのか。 一日経っても直弥には思いつかなかった。 だけど簡単には相手の表情が見えない程日は暮れており、直弥は少し安心した。 言葉通り、こんなに遅くはなっていても 「ッス」 大介は待っていた。 「やあ」 声がうわずったかも知れない。直弥は咄嗟に口を押さえた。 大介の口元はいつも通り白い歯が零れている。 「陽が落ちてもマジで暑いよな~。先週寒かったのに、な!」 昨日の事は微塵も触れない大介の態度に、直弥も次第に緊張が解けてゆく。 見上げた空には星が瞬いていて、直弥を冷静にさせた。 気まずかったとは言え、こんな遅くまで平気で待たせてしまった。また相手を思いやる事を忘れた自分自身に歯噛みする。 「今日も……遅くなっても、待ってたんだな」 「だって休み前、『これから待っても良い』って、言ってくれたしー」 語尾を上げる大介に、直弥は少し戸惑い言葉を返した。 「ダイスケ君、本当にこれからも毎日ココに来るつもりなのかい?」 「そうだけど。あ、オレ別にアンタの家まで行ったり着けたりしてねーからな!そーいうキモイ事しないって。オレをストーカー扱いすんのはナシな」 「ストーカーなんて言わないさ。でもどう違うんだい?普通考えたら会社まで毎日待ち伏せするのも、してる事は同じじゃないか?」 「一緒?オレの感覚じゃ違うけど。ほら、知らない学校のコに校門の前で待たれてたらまあ可愛げあるって思うけど同じ知らないコが家の前で立ってたら怖いって思わないか?気分的なその違いつーか」 「そんなもんかな?」 「そんなもんでしょ」 「そうか」 理屈ではなく感覚と言われ、直弥は首を捻りかけたが 何故だか説明にのまれ、生返事を返した。   「だけど知ってるだろうけど、会議もあれば残業だってある。だのに待つつもりなのかい?」 「あぁ、待つよ」 直弥の語尾まで聞かず、大介は即答した。 「出張なんてのは俺は今ないけど、営業の外回りが遅くなりゃ直帰もする。それでも?」 「あー。待ってるね」 何をも厭わない。 そんな大介の瞳が純粋すぎて、直弥の心がシクリと痛んだ。

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