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―8月20日水曜日―
* * *
「今日何か、顔色悪いな」
背を曲げ、大介に真っ直ぐ覗き込まれる。
「そ、そうかい?」
「いつもと違う。毎日顔見てんだ。判るよ。初めて見た時に似てんな」
包み隠さない真っ正直な言い当てに、脆い気力で立っている直弥は崩れそうになる。
切れ長の目を更に細め優しく見つめられて、ともすればその優しさにすがりつきたくなる衝動を抑えた。
「ちょっと、仕事が忙しくて……」
「直弥?」
背後から、聞き慣れた声がした。
(何で?!)
背後のその声に、直弥は一瞬で金縛りに有った様に、身体が動かなくなった。
「誰?」
大介は少し表情を曇らせて、直弥の後ろを指さす。
「帰りちょっと、話しようと思って。直弥何処行くんだろうと思ったら此処に……はじめまして。キミこそ、誰?」
相変わらず普段と変わらない淡々とした声で、直弥の後ろで呟いている。
どうする事も出来ない直弥は息を飲み、右手で顔を覆った。
「俺は、ナオヤさんの、」
「お、恩人なんだ! 危ない所を助けてくれた、子で……」
直弥は初めて声を出した。素っ頓狂な喋り口で大介を紹介した。振り返る事が出来ない。
「……です」
尻すぼみした直弥の言葉の続きを、大介が締めた。首を突き出し、遙平に会釈する。
「いくつ?」
「は?17ですけど」
突然年を聞かれ、少し怪訝な顔をしながら大介は答えた。
「17……高校生、高校生か」
緊迫感の無い声で遥平は呟いている。
何度も高校生とリピートする声を聞いて、直弥のうなじに汗が一筋流れた。
何もやましい所など無いのに、”しまった”感が否めない。
「アンタ、いや……あなた、ヨーヘイさん、ッスか?」
(ダ、ダイスケ!!)
直弥は心で悲鳴を上げ、両手で顔を覆った。
「え?なんで俺の事、知ってるの?直弥から何か、聞いてるのかな」
「いいえ、何も。カンです」
「カン?凄い勘だね」
「はい」
大介は、遙平にガンを飛ばしている。
直弥はその目つきを見てまた震えた。
「何の、用だよ」
直弥は唸る様な声で、遙平に問い掛けた。
「いや、今日ちょっと直弥の事、気に掛かって」
余程鈍感な遙平でも、歪みきった顔は堪える物があったのか。直弥は少し顔を上げた。
ゆっくりと振り向くと、何年も側に居た姿が有った。
(付き合ってた頃だって、気にかけてくれた事なんてそうそう無かったな……)
久しぶりに遙平を直視し、ぼんやりする。
「ナオヤさん、」
引き込まれそうな時間の渦から、直弥を目覚めさせたのは、大介が直弥を呼ぶ声だった。
「あ、あぁ」
直弥は即座に大介に向き返す。
「……矢島、俺はこのダイスケ君と話あるから。じゃあ」
遙平には一瞥もくれず、直弥は言い放った。
「そう」
遙平は全く声色の変わらない一言を呟いた。
直弥には遙平がこの場を去ったのか判らなかったけれど、大介との会話を半ば強引に続けた。
「あ、ダイスケ君、まだお礼してなかったね。そうだ、明日。明日するよ」
「ナオヤさん……良いッスよ」
「どうして?前からするって言ってただろ」
「そりゃそうだけど」
「何処でも良いよ。ダイスケ君の好きなもの何でも奢るし。明日、用事大丈夫だろ?」
「あぁ、判った。じゃあ明日」
大介はいつもの元気は無く帰っていった。
「はぁ……」
直弥は先程の恐ろしい鉢合わせを思い出し、大きく息を吐く。
そして大介の後ろ姿を見送りながら、不思議に思った。
遙平の出現でパニクっている中、突然の思いつきだったけれど
お礼のご馳走
大介はきっと喜ぶだろうなと思った。
けれど大介は浮かない顔で、乗り気ではない感じで。
直弥は首を捻った。
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