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8月27日水曜日

「久しぶり」  直弥は営業用笑顔を取り繕った。上手く笑えているのか自信はないけれど。 「アンタ、何してんだよ?!今日会社は?」  まだ日も高い午前中。大介の驚きも当然だろう。 「休んだ。ちゃんと電話したから大丈夫。有給なんてもまともに使っちゃ無いんだから、今月二回使った位でバチ当たらないだろ」  直弥は心から笑っている。  先週の事、そして昨日の遙平の事……息が詰まりそうだった。  電車を降り、進まない足に鞭打ち会社に向かおうとしたが、名刺入れから大介に貰った手作りの名刺を取り出した。  大介に会いに来ようと決心してから、見えない手枷足枷から解放された様だった。会社を休む事に最初は気も咎めたが、今大介の顔を見て、そんな事もどうでも良くなっている自分が居た。  やけにあっけらかんと答える直弥に、大介は逆に呆気にとられている。 「可愛い猫だね。名前なんて言うの?」 「え……さ、|左文字《さもんじ》だけど」 「へえ、可愛いな」  直弥が手を伸ばした途端、フーッ! と身体を唸らせて左文字は部屋から飛んで逃げ出していった。 「俺が此処に来た時は居なかったよね?」 「アイツ、人見知りだから。アンタ運んだ時点で今みたく逃げてった。……って、そんな事より! 何で家に来たんだよ!」 「これ見ながら。前はおぶって貰ってたから道なんて覚えちゃ居ないし。地図見てんのに結構迷った。営業失格だな」  直弥は大介から名刺だと、貰った小さなレシートの紙をピラピラと振った。 「持ってくれてるのは嬉しいけど、そういう意味で聞いてんじゃ」 「だって、こうでもしなきゃダイスケ君に会えないだろ」 「……」 「もう……会社の前、来てくれないし」  沈黙が流れ、エアコンの音だけが部屋に鳴り響いている。 「だって、泣かしちまったし……」  弱々しい声で大介は呟いた。まるで小学生が花瓶を割った理由を問い質されているかの様に。 「ダイスケ君のせいじゃない。俺が勝手に悲しくなって、泣いたんだ」 「俺が抱きついたから、嫌だったんだろ?」 「そんな事ない」 「オレ、また飛び出したし……」 「ダイスケ君は悪くないよ」 「それじゃあ。怒ってないのか?」 「俺が怒ってる? 逆だよ。ダイスケ君に謝りに来た」 「ナオヤさんが謝る事なんて、ねーよ」  元気を取り戻したいつもの大介の口調を聞いて、直弥は一息吐いた。 「……俺、帰るよ。あんまりお母さん困らせるなよ」 「エー? 何だよ、折角来たんだからもうちょっと居たって……」 「いや、今日は帰って寝るよ。……この二日、まともに寝てないんだ」  直弥は伸びをし、大介に背を向けた。 「ナオヤさん、オレ明日会社に行っても良いよな!」 「会社……」  直弥の肩がぴくりと揺れた。  大介の顔を見て漸く安堵したけれど、会社と言われ遙平の顔を思い出した。  この前みたいな鉢合わせは勘弁だ。多分前回みたいに収まりはつかない。 「いや、」  直弥から否定の言葉を聞き、大介の表情がにわかに曇る。 「またオレが此処に来るよ。宿題してろよ」 「マジで来てくれんの?」  大介は少し怪訝な顔をしたが直弥がまた家に来ると聞き、大口を開け嬉しそうな笑みを見せた。 「また、明日な」  大介の専売特許の台詞を残し、直弥は猫が通れる隙間を少しだけ空け、ドアから去った。

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