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8月28日木曜日
「昨日どうした? 急に休んだりして」
「調子が悪くて……」
「明後日、待っててくれるよな」
遙平に掴まれた手首が熱を持つ前に、直弥は振り払い会社を後にした。
* * *
昨日突然会社を休んでしまったせいで仕事が長引き、大介の家に着いたのは随分日が暮れてからだった。
玄関の犬に「しーっ」と人差し指を立て言い聞かせた。この犬も左文次と同じように、大介によって拾われたのだろうか。
「俺も、お前と同じだよ」
グルグルと唸っている犬の頭を、直弥は優しく撫でた。
「こんばんは。夜分遅くすみません」
「あらまあ、ようこそー」
直弥の顔を見るなり、大介の母親は二階にかけていった。
昨日と違うのは、母親が叫ぶ前に待ちかまえていたかの様に部屋から顔を出した大介の姿。
来ているのは直弥だけれど、会社から出てきた時の様に笑顔で迎えてくれる大介に、直弥はホッとした。
「今日は会社ちゃんと行ったんだな」
「二日も休んだら、席が無くなるよ」
「なら良かったけど、心配だった」
机の上のクーラーボックスの中から、大介は直弥に向かってビールを投げた。
「どうしたんだい、これ? 用意が良いな」
「ナオヤさん来るって言ったから。仕事終わりはビールだろ」
「有り難う。でも」
「でも?」
「あれから酒、飲んでないんだ」
直弥はあれからと言った後、恥ずかしそうに笑った。
「確かに……飲まない方が良いかもな」
大介は意地悪気な顔をして、ニカっと笑う。直弥はビールを投げ返した。
「今日、左文次は?」
「あぁ、どっかに避難中だろ。俺がソワソワしってから誰か来るって察知したんじゃねー? 動物のカンで」
大介はこめかみをつついた。
「動物って言えば、玄関の犬は?」
「リュウ? アイツも捨てられてた。親父に大目玉食らったけど、今じゃ散歩一番連れてってる」
「そうなんだ」
直弥はビールの替わりに渡された炭酸飲料水に口を付けた。
沈黙の部屋にまた鳴り響く古いエアコン。窓がビリビリと震える音さえ耳につく。直弥はネクタイを緩めた。
「あのさ……」
「何? ナオヤさん」
「本当に有り難うな。あの時、ダイスケ君が拾ってくれなきゃ……」
「何だよ今更。それから ”拾ってくれた” なんて言うなよ」
「言ったのはダイスケ君だよ」
「そりゃそうだけど……」
大介の喉がゴクリと音を立てた。
「だって俺も、左文次達と同じ様に拾ったから、こんなに親切にしてくれるんだろ」
俺は大介に、それ以上何を求めているんだろう。
直弥はこの間、大介が飛び出していった時に気付いた自問自答を口に出していた。
高校生だとバカにしていた、その年下の優しさにしがみつき、気が付くと頼り切っている自分が滑稽だった。
社内で遙平に掴まれた手首を無意識に何度も撫でる。
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