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8月29日金曜日

 勤務中、直弥は何も考えたくなくて、がむしゃらに車を走らせた。部長から急に命令された遠出にも、文句を言わず珍しく誉められた。  直弥が会社に帰ると、遙平の姿はなかった。週末だ。アイちゃんの相手でもしてるんだろう。  けれど、机の上を見るとメモが置いてあった。 【明日、必ず行くから】  懐かしい文字が残されていた。  小さなメモは直弥の掌でクシャリと音を立てたが、暫く握りしめられた後、捨てられはしなかった。  会社を一歩出ると、直弥は大きく息を吸い、目を閉じた。そしてゆっくりと歩き出した。     *   *   * 「こんばんは。リュウ君」  直弥の撫でる手に、リュウは大人しく伏せっているだけだ。 「こんばんは。毎日すみません」 「いえいえ、いらっしゃい。上がって下さいな」  母親はもう二階へ行こうとせず、直弥に直接上がる様に促す。  そういえば、真夜中に大介が直弥を送ろうとした時、父親は怒っていたが母親は軽くいなしていた。寛容なのだろう。直弥は何度も頭を下げた。 「今晩は」 「……」 「なんだい?」 「いや、来てくれると思わなかったから……」 「来いって言ったのは、ダイスケ君だろ?」 「誕生日、おめでとう」  直弥は手にぶら下げていたケーキの箱を笑顔と共に差し出した。 「あ、ありがとう……」  だけど大介は、少し浮かない顔で。 「ごめん。昨日急に聞いたから、プレゼントまでは買えなかった。また、な。今日はケーキだけで」 「甘い物は嫌いかい?」 「あ、……いや、ナオヤさんが買ってきてくれたもんだったら何でも食う、けど……」  大介は珍しく、いつも真っ直ぐな視線を逸らした。  いつもの元気はないけれど、それでも嬉しそうで。下らない話をして笑い合った。  贅沢な料理や豪華な場所に行かず何もなくても、喋り合って笑うなんて事も直弥にとっては久しぶりで、楽しい。  ただ、ちらちらと時計を盗み見ていた。お互いに。 「今日は泊まって行けんだろ?」  時計の針が11時を指した頃、大介が直弥に訊いた。 「今日……」 「何もしねーって」 「いや、そんな」  直弥が返事を言い淀んでいると、大介が徐に回転椅子に座ったままくるりと直弥に背を向けた。 「帰れよ」 「え?」 「ゴメン……オレ……嘘吐いた」

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