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8月29日金曜日
大介の声は震えていた。
「オレ、今日……誕生日じゃないんだ」
「うそだろ。誕生日じゃない?! な、なんだってそんな嘘!」
背を向けたまま突然告白されて、直弥は逆上した。冗談にしてはタチの悪過ぎる嘘だ。陳腐すぎて疑いもしなかった。
「だって、もうすぐ明日だけど……ナオヤさんアイツと……」
椅子が倒れた途端大介は直弥の元に走り、足にしがみついた。
「アンタは明日あの男を待つんだろ? 夏休みの時みたく……振られて捨てられたのに、ヨーヘイを」
大介の言葉に、直弥は閉じかけた眼を見開いた。
「明日、あの男の誕生日なんだろ?」
大介は口端を上げて笑っていた。泣きそうな顔で。
「ど、どうして?!」
「……やっぱりな」
あまりにも驚きすぎて、嘘を取り繕う事も出来なかった直弥が口を押さえた。
けれど、大介の指摘にあまりにも驚きすぎて訳が判らない。
「アンタのマンションの暗唱 0830 あの男の誕生日……なんだろ?」
「な、何を?」
「だってナオヤさんがカード無くして電話した時、生年月日言ってたけど、アンタの誕生日じゃなかった。
だとしたら……って。見間違いかと見直した。だけど、こないだ行った時もやっぱり0830で。オレのバカな妄想かもと思ったけど、やっぱ30日が来るのずっと、怖くて」
「ダイスケ……」
「だから、昨日。咄嗟に”オレも誕生日だ”なんて嘘吐いた……もしかしたら万が一でもオレの事、選んでくれんじゃないかって。アイツより先に、前の日から引き留めようって。勘違いだって思い過ごしだって1%でも最悪の確率があんなら……どうしても、アイツと会って欲しくなかったんだ。ゴメン。ゴメン……」
太腿に頬を擦り寄せられ、直弥は身も心も身動きがとれない。
「でも、アンタ、やっぱり今日は泊まってくれるって言ってくれなかった。当たり前だよな」
大介の声は上擦っていた。
”泊まって行くよな”
問われて返事が出来なかった。
そう、付き合ってから必ず二人で過ごしてきた。遙平が誕生日を迎えた12時過ぎは、直弥の家で。
今年はもう無いに決まってるのに。遙平は大介に触発されたのか、直弥に執着を見せ”今年も行く”と言い放った。
先ほどまで何とかやり過ごしてきたけれど、大介の言葉で、思い出がまた不用意に直弥の頭を駆け巡り、打ち勝つべく葛藤していた。
案を巡らせてはいたけれど、大介に返事も説明もする事が出来なかった。
直弥は目を閉じる。
そして、大介の頭を何度も撫でた後、ゆっくりと立ち上がった。
「やっぱり行くのか……」
直弥が立ち上がっても足にしがみついたままの大介が、顔を上げた。
やはり、泣いていた。
「行かないで、行かないでくれよ……」
さっきまで『帰れ』と言っていた筈なのに、直弥が立ち上がった途端、『行かないでくれ』と大きな身体で直弥にしがみついている。
あんなに頼りがいがあり、行動力もあり、力強い大介が。
小学生の様な嘘を吐いて、泣いて駄々をこねる子供の様になっている……これが、年相応なんだろうけれど。
「帰るよ」
直弥は大介の髪をくしゃくしゃに撫で、告げた。
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