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8月30日土曜日
離れようとはしない大介の身体を、優しく引きはがした。絶望的な表情をしている大介を、直弥はしゃがんで抱き締める。
そして、涙を隠そうともせず拭っている腕を取り、指を絡めた。
「ダイスケ君。一緒に、帰ってくれるかい?」
「すみません、息子さんお借りします!」
玄関先からリビング奥へ声をかけた。
いくら寛容な母親でも、夜中に忽然と息子が消えていたら驚くだろう。泣きじゃっくりを響かせながら「親父出張中でよかった」と大介がぽつりと呟いた。
直弥の家に帰る道中、大介の足下はふらついていた。
訳も判らず外に引っ張り出されたのだから。
二人ともふらつきながらも小走りだった。大介は半ば直弥に引きずられて。
* * *
直弥の家にたどり着いたのは、丁度日が変わった頃。
「ダイスケ君、ごめんな」
「ん……」
喉の奥で大介が声を出した。家を飛び出してから初めて発した。
「泣かせちゃって」
大介の目は少し腫れていて、切れ長の眼はいつもの鋭さを失っている。
「だって本当に悲しかったからしょうがねー。オレは泣きたい時に、泣くから」
大介は臆する表情一つもなく、涙の跡を手の甲で拭った。
「泣きたい時に泣かないから、ナオヤさんみたいに、知らない間に泣いてたりオレに泣かされたりするんだ」
「お前なあ」
直弥に頭をはたかれて、大介は今日会って初めて心からの笑みを見せた。
「でもオレ、なんでここに」
大介が問い掛けた時、インターホンが鳴った。
「出なくて、良いのかよ」
大介はにわかにくぐもった声を出した。
「良いんだ。アイツはいつも鳴らしといて直ぐその場去ってるから。もうこっちに向かってるだろ」
直弥は落ち着き払っていた。扉の向こうを見据えて。
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