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8月31日日曜日 8月最後の日
「ん? あぁーそういや言ったなー。アンタ、結構根に持ってんね」
やりこめられている大介が口を尖らせた。
「でもああ言ったのだって、今だから言うけどさー。別にナオヤさんを馬鹿にして言ったんじゃなくって」
「何だい?」
「アンタさ、俺が高校生だって解って、ショックで気失っただろ?
そんな位なのに、俺が心配で見に来てるなんて言ったら、プライドつーかまた傷つくだろーなと思ってさ。だからあんな事でも言わないと、オレ、ナオヤさんに会う口実出来ねーじゃんよ」
「そうだったのか……」
二人共目玉焼きの黄身は、フォークで突いた穴だらけになっていた。
「でも、実際出来たし。アンタの観察。山程。オレの夏休み最高傑作自由研究」
大介の笑顔と癖のある笑い声につられて、直弥も笑った。
「ナオヤさん」
食後のコーヒーを飲み干した後、大介は腕で口元を拭い呟いた。
「どうした? おかわりかい?」
「今から帰ってちゃんと宿題するからさ」
「キスして良い?」
「はぁ?!」
朝食中の、ムードもへったくれもない空気で突然切り出され、直弥は面食らった。
「昨日寝てる時したいって何回も思ったけど、それってやっぱ反則じゃねー? 卑怯だろ。
だから滅茶苦茶我慢した。自分を誉めたい位」
直弥は息を吐きながら少し笑った後、頷いた。
対面しているテーブルから身を乗り出し、大介が近づいてくる。
真面目で凛々しい表情に、直弥はハッとさせられる。
たかがキスに何故だか脈拍が上がりっぱなしで、直弥はか細く息を吐いた。
大介の良く笑う大きな口。
直弥は以前から触れてみたいとさえ思ってた。
口付けられて初めてその体温を感じた。
いい歳して少し震えている自分が恥ずかしくて、無意識に身体を引いた直弥に
「アンタのそう言う所、大好きだ。優しい所も弱い所も、全部好きだから」
大介は耳元で囁き、大きな掌で直弥の髪を掻き上げ撫でた。
「ダイスケ、俺も」
唇が離れた後、直弥は自ら大介にキスをした。
「続きは?」
「ダイスケが大人になってからな」
「じょ、冗談でも待てねーよ!」
「今度、な」
切れ長の目尻に涙を浮かべ叫ぶ大介に直弥が囁くと、大介はスキップで帰っていった。
「ナオヤさん、また明日ー!」
夏休み一番聞いた一言を、残して。
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