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9月1日 始業式

 *   *   *  誰もいなくなった教室で、僕は立ち上がれないで居た。  学校、教室、大ちゃんの席。  僕が夏休み、旅立つ前から何も変わっていない。  僕だって、全く違う環境で夏休みを過ごした。知らない土地、言葉、人達。  だけど、変わらなかった。この気持ち。  大ちゃんは、変わった。  たった一夏会わなかっただけなのに、確実に。きっと何かがあった。  大ちゃんの顔を思い浮かべたら、鼻の奥が痛くなって 泣いてしまいそうになる。  ”女みたいにビービー泣くなっ! ”って大ちゃんに怒られたな、なんて思い出したら、また泣きそうになって来た。 「おい、遠野。まだ帰らないのか?」  引き戸の音と共に、突然声をかけられ、僕は驚き顔を上げた。 「あ、先生……」  泣いてなくて、良かった。 「どうだった? ホームステイ。お前は適応力もあるし、良い経験になっただろ!」 「……はい」 「得る物も一杯あったろ!」 「……はい」  楽しかった一夏の出来事が頭を巡る。先生が言う通り、得る物もたくさんあった。  だけど、失った物はあまりにも大きいと、知った。 (僕の居ない間、大ちゃん何があった?)  たった一夏なのに。 「行かなきゃ、良かった……」 「お、おい、遠野? どうした! 先生なんか悪い事言ったか? 何か向こうで辛い事でもあったか?」  驚きオロオロと困っている目の前の担任に、取り繕う事も出来ない。  堪えきれず溢れだしたせいで、僕は伏せた机から顔を上げる事が出来なかった。    -始業式おしまい-

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