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9月1日 始業式
――休み時間
チャイムが鳴り終わらないうちに、僕は大ちゃんの席へ飛んでった。
「なぁ! 大ちゃん、」
僕が声をかけても耳に入っていないのか、大ちゃんは無言で机に突っ伏していて。
「大……」
呼びかけても無駄な気がした。大ちゃんは、食い入る様に一点を見詰めている。
僕は視線を目で追った。
大ちゃんの視線の先には、両手で持っている小さな紙っきれ。よれよれで汚い。何なんだろう?
何だか解らない紙切れを見つめる大ちゃんの表情は、僕の見た事もない知らない顔で……何故だか胸が締め付けられる。
「大ちゃん、それ……何?」
僕が肩に置いた手に吃驚して、大ちゃんは椅子から腰を浮かした。
「んだよ、榮か。いつから居たんだ?」
「ずっと居たよ。何度も大ちゃんって呼んだよ」
「そっか。あ! 榮さあ、前も言ったけど、もう”大ちゃん”って呼ぶのナシにしねー? ガキくせーし。皆が呼んでる岩っちとでも呼べばいいじゃん」
「僕にとっちゃ、大ちゃんはずっと大ちゃんなんだからさ、別に呼んだって良いだろ」
ずっと呼び続けている。今更変えるもんか。
僕はカチンと来て、ムカつき紛れに大ちゃんの制服を引っ張ってやった。
なのに大ちゃんは僕の事、「ハイハイ」って、笑いながら適当にいなして。
(なんだよ、なんだよ)
僕は悔しくて拳を握りしめた。
「だから、その紙何……」
「あ、あぁこれか? 俺の、お守り」
大ちゃんは紙を挟んで両手を合わせ信じられない位幸せそうな顔をみせた。
いつもは皆もビビっている怖い目つきも眼を細めて。また、僕の知らない顔をした。
いつもは何だってあけすけに見せてくれるのに、そそくさとポケットに仕舞った。
僕の知らない顔をして、知らない”お守り”を大事そうに仕舞った大ちゃん。
「所でさ、榮、宿題」
大ちゃんの言葉は耳に入らなくて……ただ、耳の奥でワンワン響いているだけだった。
僕の掌には、大ちゃんの知らない物なんてものは何もなくって……ただ、爪の跡だけが残った。
始業式と宿題提出のHRだけで済んだ一日。
大ちゃんと久し振りに帰れる喜びがあった。この不安な気持ちだってきっと薄れるはずだ。不安の波に飲まれそうな心を支え、まだ大ちゃんの元へ走る。
「大ちゃん、帰ろ」
「あ、榮……わりーちょっと……」
思いも寄らない大ちゃんの返事に、僕は戸惑った。
「え、なんで? バイト? 折角久し振りに会ったんだからさ」
「お前の話もスッゲー聞きたいんだけど……悪い……ホントにごめんな。ちょっと用事あるんだ。明日また学校でたっぷり聞く!」
いつもおおらかな大ちゃんだけど、珍しく弱々しくて心底すまないと思ってる、そんな顔で
「……そうなんだ」
もう僕は何も言えなかった。
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