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9月1日 始業式

「何、ぽかーんとしてんだよ」 「いや、別に」  叩かれた頭に手を乗せたまま、僕は暫く大ちゃんを見詰めていた。見惚れていた。眼の焦点はすかさず合う。  デカい口全開で笑っているから、薄暗い中白い歯が光ってる。 「夏休み中、元気だった?」 「あぁ、このとーり!」  長い腕を突き出し、大ちゃんはまたガハハと笑って。  変わりなく格好良い大ちゃんの横顔を、僕はまた見入ってしまう。 「大ちゃん、痩せた?」  何も変わってないけど、少し頬がこけている様に感じる。大人っぽくなったのかな? 「ん? そうか? あーそういや、先週あんまり飯食えなかったな……」  頬を触りながら、大ちゃんはぶつぶつ呟いている。  こういう時はちゃんとした返事、返ってこない。何を聞いても無駄だ。 「俺の事より、お前の方がスゲーじゃん。どうだった? ホームステイ。オーストリアだっけか?」 「オーストラリア、だよ!」 「似たよーなもんだろ」 「全然違うよ! 大ちゃん相変わらず、バッカだなぁ」 「っせー!」  羽交い締めにされ、息が詰まった。  だけど振り解かないまま、僕は大ちゃんの腕に顔を埋めた。  じゃれ合いながら廊下を歩く。 (そう、これなんだ)  隔たれた時間が、難なく隙間を埋める。  僕は、少し安心して一緒に教室へと向かった。 「榮、茶髪になってんじゃねー?」  長い指で、頭を撫でられた。 「だって、向こうに行ったら黒いの目立つんだもん」 「俺より茶色い。生意気な」 「るさいっ」  大ちゃんの手を本気ではなく振り払う。  前の机にドスンと腰を下ろした大ちゃんは、気にもせず笑って。  相変わらずへんてこな笑い声。  僕の胸は満たされる。  この夏、ずっと足りなかった大ちゃんで。 「何かさ、大ちゃんとこんな長い間会わなかったのって、出会ってから初めてだね?」 「あーーーそう言われればそうだな。夏休み中、一回も会ってねーし連絡もとってねーしな。 って当たり前か。電話する訳にもいかないだろ。お前、外国だし。ケータイの通話代もメールも超高いんだろ? よくしらねーけど」 「大ちゃんが無料のをすれば良い話だろ」 「そんなもん、持ってねーし」 「授業でやってるだろ。パソコンもスマホも持ってないなんて今時さあ……」 「うっせ、面倒くさいし。いらねーって。ってさあ……榮、壮大な外国旅行してきた癖に、細かい口煩い所全く変わってねーな!」 「なんだよ!」  担任に怒鳴られるまで、僕らは笑い合って、喋り合った。

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