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2月6日金曜日

「お前、途中で棄権なんてすんなよ。そんな根性無い事したら、絶交だからな!」  大介に叩かれた背中がじんじんと痛い。感覚を失っていた榮の冷たい身体が、そこだけ熱を持つ。 「うるさいなー。僕が走ろうがやめようが大ちゃんには関係ないだろ」  榮はふくれっ面で空を仰ぐ。  まだ昼前なのに空はどこまでも深いグレーで、薄っぺらい雪がしんしんと舞い落ちている。  榮は元来運動が得意ではなく、小さい頃から良い思い出はない。口にこそ出した事はないけれど、いつも大介の姿を羨ましく感じていた。 「それだけ減らず口叩けりゃ元気あんな。大丈夫だろ。ちゃんと走れよ。俺も、頑張る」  そう言って夏以降茶気ている榮の髪をくしゃりと撫で、一歩前に出た大介の背中を榮は見つめた。  骨張った広い肩幅。すらりと長い手足。  大介は自分に厳しい。そして榮に対しても厳しい。  榮はゆっくり白い息を吐いた。  別にマラソン一つ止めた所で誰も咎めやしない。優しく許してくれる。  榮だって男の自分が可愛いだとか、そんな観念は無いけれど、皆寛容に接してくれるのは肌で感じる。  なのに大介だけは、いつも許してくれない。  泣くと叱咤される。今日だって走れと言い放つ。  けれど、叩かれた背中、撫でられた髪は、熱い。  気の遠くなる様な山道をぼんやり見つめ、榮が二つ目の溜め息を吐こうとした時、スタートを告げる大きな声が響いた。  途端、榮の視界から大介の背中は遠くへ消えた。

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